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2020年03月18日

新型コロナウィルスについて、現時点でのファイナルアンサーを出す。

 巷を騒がせている新型コロナウィルス問題ですが、こういうときに本当の人の本性が出ますね。
 テレビで煽るだけ煽って、ぼったくりに近い電話相談の開設を批判され、むしろ地位を貶めてしまったクリニックの経営者。
 感染症領域最高峰のプロでありながら、もともと界隈では有名だった「キャラ」を背景にワーっと盛り上がってしまって、場を混乱させる動画デビューをしてしまい、忽然とメディアから姿を消した人。
 相変わらず、政府や官僚に無能というレッテルを貼って、批判だけを展開したいアレな人々。
…などなど。


 こういう問題に対してきちんと記事を書くのは骨が折れるので、及び腰だったのですが、いったんFAともいえる内容をまとめておきたいと思います。

■「今現在の流行に関しては、とりあえず臨床的にはどうしようもない。夏がくれば、終息するチャンスが生まれてくると思うので、ひとまず、それまで社会的に粘るしかない。ワクチンや治療薬の開発自体は急務である

 普通のウィルス感染症には、あまり特効薬がありません。
 よく言う「抗生物質」は、あくまで「細菌」に対するもので、ウィルスに対する薬ではありません(風邪に抗生物質は無意味であるという話につながります)。
 一部のウィルスに対して、例えばインフルエンザとかヘルペス/水痘・帯状疱疹(水ぼうそう)、肝炎ウィルス、HIVといった特殊な病原体に対しては、特異的な治療薬(抗ウィルス薬)が開発されていますが、それらは特にキツめの病気をもたらすため、個別に対応策が練られているという、どちらかというと例外的な存在です。
 ウィルスの数はあまりに多すぎ、あまりに変異性が高く、世の中の軽い病気を起こすウィルス全てに対して個別の特効薬を用意するということは、現時点の医療技術では、事実上不可能(or無意味)となっています。

 そもそもコロナウィルスというのは、風邪を引き起こす、伝統的に知られているウィルスです。冬などにはよく流行りますが、「しょせん風邪」なので、特別な薬があるわけではありませんでした。
 今回の新型コロナウィルスは、旧型に比べればいろいろ悪そうであるように聞こえますが、実際のところどうなのでしょうか?
 上記のような、特異的な医学的対応策を練るべき「特殊例」に該当するでしょうか?


 この問いに対する答えは、結論的には「Yes」であると考えます。
 なぜかというと、インフルエンザを引き合いに考えるといいですね。
 インフルエンザはご存知の通り、非常に感染力が高いです。ただ、感染力が高いだけなら、普通の風邪と変わりません。問題は、どれくらい危ないか(端的には致死率)であるわけですが、インフルエンザの致死率は1%程度とされています。

 「1%?たいしたことないな」と思ったかもしれません。しかし、1%という数字は公衆衛生学的観点からすると十分に高いのです。普通の風邪なら万に一つも死なないが、インフルエンザなら百人に一人は死ぬ。
 冬季に流行して、1%の確率で死ぬのであれば、全国で何千人と死ぬのであって、これはちょっとした自然災害以上のインパクトがあるわけですね。
 ですから、予防医療であるワクチンであるとか、タミフルのような特異的抗ウィルス薬の開発に力が注がれてきました。

 今回の新型コロナはどうでしょうか?
 まず、感染力に関しては、非常に高いことが明白です。まぁもともと風邪のウィルスなんですから、当たり前ですよね。
 では、致死率はどれくらいかというと、1〜2%くらいなんじゃないかと言われています。ただ、新型コロナウィルスは出現したばかりでデータに乏しく、確定的ではありません。完全に医療崩壊に至っている武漢市が、致死率をかなり引き上げてしまっていて(他にも医療崩壊傾向のイタリアが引き上げたりしている)、こういった例外を除けば致死率は、上記(か、ひょっとするともっと低いかも)ぐらいだろうとされています。
 ただ、正確な数字はともかく、インフルエンザの1%は超えている可能性が高いか同等であるとは思われるんですよね。

 インフルエンザでさえも公衆衛生学的には問題とされていて(そして、一方で多くの一般人はあまり問題とはとらえていなくて笑)対策が練られているのですから、当然アナロジーとしては新型コロナウィルスも、ワクチンや特異的治療薬の開発には着手しなければならないと考えるのが自然です。

 ただ、そんなに簡単にできるわけないですね笑。
 可能性のある候補化学薬品の選定から始めて、治験から承認まで、本来なら何年もかかるものです。
 今回の新型コロナウィルスの場合は、社会問題化しているのでかなりのファストトラックを走ることが予想されますが、それでも「次の冬に間に合ったらメチャクチャすごい。人類よく頑張った」と言えるシロモノです。
 ですから、ワクチンや治療薬の開発は、鋭意やらなければならないことですが、直近で成果が出るわけではない(それに、テレビでいくら騒いだところで早まるものでもない)という認識を正しく持つ必要があります。

 では、現状の状況をどうするか?
 これはもう、普通の感染予防策(マスク、手洗い、うがい)をするということしかありません
 経済を犠牲にする集会の自粛の判断に関しては微妙ですが、やむを得ないかなと思います。人間社会の判断は常に合理的であるとは限りません。病気で死ぬ人間の数と、経済で死ぬ人間の数が、仮に圧倒的に後者が多いとしても、功利主義的判断がいつでも通用するわけではなく、しばしば社会・大衆は「病気の恐怖」に支配された判断をしてしまうものです。そしてそのようなエモーショナルな判断は、決して間違ったこととは言えません(詳しくは倫理学的な話になるので割愛しますが)。

 夏になったら100%感染が終息するのかと言われれれば、もちろんその保証はどこにもありません。しかし、夏に期待できるということは間違いないでしょう(逆に、夏で終息しなかったら、年中流行する病気ということになってしまいます)。
 特に日本に関して言えば、夏は極めて高温多湿なので、有利だと思います。夏でも冷涼な気候の国では、苦しむかもしれません。



■「どんどん検査をするべきなのか、対象を絞って検査するべきなのか
 これは、回答としては明確に後者です。
 「日本政府は東京オリンピックのために感染者数が少なくなるように見せたいから、国民が求めている検査をわざと制限している。陰謀だ!」というアレな人たちの意見を目にすると、本当にめまいがします。

 これはいくつかの観点からそうです。

○特異的な治療法がないのに、検査してなんの意味があるのか。
 「早期発見・早期治療が大事」という(癌と同じ理屈を当てはめる)馬鹿な人がいますが、早期治療って何をするんですか?笑 
 風邪の治療ですよね。だって、コロナは風邪のウィルスですし、特効薬が現時点ではないんですもの。重症の肺炎になったらやる治療だって、基本的には人工呼吸器とか補液による支持療法ですよ。
 すると、自分はコロナだと騒いで、「風邪の治療」をするために患者達が医療機関に殺到するとどうなるか?
 もちろん医療崩壊を起こします。そして前述の通り、医療崩壊に至っている国においては優位に致死率が高くなっています。医療という限られたリソースは正しく分配しないと、結果的に誰も救えなくなるのです。
 災害のときにパニックになって、出口のドアに群衆が押し寄せてしまったときに、おしくらまんじゅう状態になって、結局誰も出れない(だから係員の誘導に従いましょう)…というのと同じ原理です。
 仮に医療崩壊に至らないにしても、待合室で患者がごった返す結果、どんどん感染症としては広がる…という悪循環にはまります。
 だから、現状のベストプラクテイスは、「風邪症状があるのなら、コロナかどうかにかかわらず、自宅静養してください」ということになります。これなら、軽症のコロナ患者も、単なる別の風邪患者も余計な差別・区別をすることなく、医療資源を浪費することなく、最も無駄のないやり方でパンデミックに多少は抗うことができます。


○偽陽性/偽陰性の問題
 これは良識あるリソースで既によく語られていることなので、詳しくは割愛します。
 HIVの検査のような99.9%の感度/特異度を誇る検査であっても、「検査前確率」が低いとめちゃくちゃハズしまくるのですよ。性交渉経験がなくて、輸血の経験もなく、「HIVなんて100%ありえない」という人が検査をしても0.3%くらいの確率で陽性って出るんですよ?恐ろしいと思いませんか?
 検査検査連呼する人は、まずこれをわかっていない。ましてや、検査の中でも、PCRという労力とコストのかかる検査(PCR信者は、自分でPCRやったことあるのでしょうか?笑)で、感度/特異度ともに全然高いとは言えない。
 こんなものを検査前確率の低い集団に乱発したところで、お金の無駄以外の何者でもありません。検査をしまくった結果、よい社会的結果が得られるというなら、「コスパが悪い」という言い方をしますが、そうではなく、上記の通りむしろ致死率上昇という悪い結果をもたらすのですから、論理として救いようがありません。医学において、もっとも重要な指標はハードエンドポイントです。致死率を最低に抑えるにはどうすればいいかということを思考の出発点にしないと迷路に入りこんでしまいますよ。



 臨床家ではない評論家からは、「実態をまず正確に把握するために、全数調査をするべきだ」という意見が出されることがあります。
 これは、たしかに局所的な論理としては正しいです。「実態がまず把握できていないのに、どう戦えというのか」と凄まれたら、「確かに…」と思ってしまうかもしれません。
 しかし、現実問題として、結果を無意味に知ってしまった群衆は、不合理な行動をとって、結果として社会を崩壊に招くのです。
 ですから、「実態把握最優先」という論理を最大限尊重するとして、どうしても対象を絞らずに(軽症患者に)PCR検査を適用するならば、以下の条件をつければいいと思います。

全額自費負担(無意味なものに、7割ぶん保険から拠出するなんて。私のお金を返せと言いますよ)
・検査の説明に以下の文言を必ず入れる。
この検査で陽性と出ても特別な治療法はありません。自宅での静養をお勧めしますが、医療機関にかかる場合はマスク装着など周囲にうつさない配慮をしてください。ただし、重症化が疑われる(高熱が4〜5日以上続く、息が苦しい、呼吸や脈拍がはやい、高齢である、内科的な持病があるetc)場合には、速やかに医療機関を受診してください

 軽症患者も全数調査すべき派の論者は、これと抱き合わせにして、主張してもらいたいものですね。



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2019年02月16日

第213回継続法20〜反復のモデル3〜

 水泳のトッププロスペクトである池江選手が白血病という驚きのニュースがありました。大変な治療になると思いますが、乗り越えてカムバックしてもらいたいですね。


 反復法の続きです。
 次に、学習心理学における「過剰学習」という理論に基づいたものを紹介します🚩
 「過剰学習」とは、身についたと思われる内容であっても、それをさらに反復することで、一層の強固な定着を図ることです。例えば、英単語を50回も復唱すれば、さすがに覚えたはずだと思われますが、それでは飽き足らずに100回、200回、300回と過剰に反復するのです💨 
 一般的には、このように学習することで定着度は増すと言われていますが、その本当の有効性や性質に関してはいまだ議論のあるところです。
 ただし、そこから導かれる反復法は決して不要なものとはいえませんから、紹介しておく価値があります👊

 具体的なやり方としては、「勉強をする際は、必ず今まで学習してきた内容を全て復習してから、次のものに手を出す」ということになります。
 モデルは以下の図の通りです。
overwork1.png

 仮にこの方法で教材を一通り終えることができたとき、得られる実力が相当なレベルになっていることは確かです😖
 ただし、上図を一見してわかる通り、このやり方はとてつもない負荷がかかります。強靭な意志と豊富な時間があり、かつ教材の分量がさほど多くない場合に、はじめて実現可能なものといえるでしょう。復習にそこまで時間がかからないようなもの、例えば、英単語の暗記をする場合などならば、それなりに実現しやすくなります👀

 しかし、やはりこの形のままで利用できるケースは極めて限定的であり、多くの教材学習に当てはめられるほど普遍的なものではありません。
 ですから、一つ前の「総復習モデル」と組み合わせて以下のようにアレンジするほうが、より現実的です💡
overwork2.png
 一周やりとげる間、ずっと「過剰学習」をするのではなく、「ちょうどよいまとまりごとに、過剰学習をする」という工夫をして、より実現性が高まりました⤴
 もちろん、それでも通常の「総復習モデル」よりも大変ではありますが、そのぶんの実力向上も期待することができます。これを、「過剰学習モデル」としておきます✋



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2019年02月09日

フルスタックSE募集!

 こちらで拡散して意味があるかどうかは微妙なところですが、どんな場所にも可能性は存在すると思いますので、告知させていただきますm(_ _)m

 私が代表を務める会社で、常勤システムエンジニア(Web・オープン系、モバイル)の募集を開始しました。
 我こそはという方、ないしは知り合いに心当たりがいるという方は、「お問合せ」からご連絡ください(紹介経由で成約した場合には、紹介者にもお礼をさせていただきます)。

<スキル要件>
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2016年12月07日

千葉大学医学部生暴行事件に思う

 目下いろいろと多忙なものでその成果は2017年に順次出てくるはずなので、もうしばしお待ちください)、こちらの更新が滞っておりますが、なかなかよい燃料が投下されたので、この件について記事にしておきたいと思います。

 まぁ、この件の犯人達に、擁護するべきポイントは何一つなく、女性達からすれば敵という存在以外の何物でもないでしょうから、適切に社会的制裁を受けてもらうのみです。
 昔と比べて、顔写真とかは半永久的にネット上に残りますから、その点では、社会的制裁の威力は増したと思います。
 また犯人のバックグランド的に「名家の出」という要素もあるらしいので、格差のうっぷん晴らしがてらにしつこくバッシングし続けられるでしょう。かなり厳しい余生(←あえてこう表現します)になると思いますよ。

 ちなみに慶應医学部でも1999年に同じことをやらかしているわけですが、この時代はまだネット黎明期でしたので、犯人達の顔写真が魚拓として永久に残るということはありませんでした。検索すれば名前とかは出てくるみたいですが、本人たちも姓名を変えたりと必死みたいです。無様なものです。
 若者の皆さんは、「よくお勉強して」同じ過ちを犯して他人と自分の大切な人生を台無しにしないように注意してもらいたいですね。

 さて、以下、若干叙述的になりますが、「ならでは」っぽい視点も交えながら、この件に関して私の頭に浮かんだことを書き留めておきます。
 ちなみに読めばわかりますが、結構怒ってますよ

■金銭的制裁が甘い。
 医者の育成には多額のお金がかかります。都市伝説的には一人に一億円とも言われますが、まぁそれは若干信憑性が低いとしても4000万円くらいはかかっているはずです。
 割とちゃんとした検証をしているページはこちら。
 http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20110607
 まぁ、これはそこまで難しく考えなくても、かつていろいろな経緯で私学助成の大半をカットされていた帝京大学医学部の学費が5000万程度であったこと、多少値下げした現在でも4000万円近くであるという事実にも概ね合致します。

 そしたらね。そのぶん、国庫返納しろという話なんですよ。退学と刑事罰と民事罰だけで済むと思ってるんじゃないよ。
 退学+刑事罰+民事罰+医師育成費分3000〜4000万円国庫返納だろ。
 国立大学生なんだから、我々の税金使ってるんだよ。返せよそれを。税金使ってるという意味では、帝京医学部のやつが犯罪行なったときより罪重いんだからね。しかも、「名家」なんだから、払えるでしょ。

 この手の話は、本事件に限らないんですよ。
 舛添前都知事とかもそう。辞任で済むと思ってんじゃないよ。俺の払った税金返せよ。全国で続々と明るみに出ている自治体議員も皆そう。
 明るみに出た以上、ちゃんと返納しろよ。そして、税金は納め忘れたら追徴があるんだから、返納にもちゃんと色つけろよ
 小保方春子もそう。研究費の予算なんて、医学部の学費どころのレベルじゃないよ?慶應のショボい研究室でも2000万/年くらいかかってるよ。STAP細胞についてた予算なんて、その何倍も行ってるでしょ。それを自費で返せよ。俺(皆)の汗水たらして稼いだ収入から払った税金を金ドブしたんだぞ。ゴメンナサイじゃ済まないんだよ

 顔写真ネット魚拓という社会的制裁の強化にもかかわらず、この点に関してだけは、私の手元にお金が返ってこない限り、NEVER許しません。


■医学部生、民度低すぎる。
 これは、本当に個人的に不満なことなんですけど、医学部生って民度低すぎるんですよ。
 実のところ、私は昔からローカルエリアの医学部生どもの民度の低さには本当に辟易としてきたのです。

 ツイッターでも簡単に書いたことがありますが、私の個人的な知り合いの範囲内でも千葉医生の「脳内シモ度」は最高峰でした。「ヤることしか考えてないのか、オマエら」というレベルですよ。
 勇者は、千葉医でやっている宴会とかに潜入してみてください。宴会芸のシモさといったら!とりあえず全裸になればいい、性器に絡めればいいっていうようなのばっかりですよ(内輪でやっているぶんには、「よくこんなの思いつくな」と感心するくらいですが)。
 「女性酔っぱらわせてGO」というイベントが、常習的だった可能性は全然あると思いますよ。私の知り合いの奴らでも、正直、似たようなことしててもおかしくないなという感触しかないです。

 だいたい、ローカルエリアの医学部生と話すと、「田舎だからやることがない。生活が‛3S’だ」って言うんですよ。
 3Sとは何か?・・・Study,Sports,S(あとはわかるな)ですよ。ちなみに、最近はSuicide自殺が加わって、4Sと表現することもあるらしい。
 その時点で、民度は推して知るべし。Suicideも加わった日にゃあ、どんな集団なんだと。
 一般の皆さまは、「医学部生は、将来人を助ける職業につくんだから、意識も高いはず」などという幻想は今すぐ捨てるが吉です。

 この点、東京はまだいい。確かに私大の医学部生はボンボンばかりだが、相対的に品は悪くないことも多い。ただ、彼等は彼等で「勉強」が足りない。
 これは、受験勉強とか、医学の勉強のことを言っているんじゃない。自分達が生きている社会に関する勉強が足りない。
 「医者は非常識」とはよく言われますが、私はそれに反対しません。
 東京という恵まれた地域で学校に通っていて、「いろいろな道具」がすぐ傍にあるのだから、ローカルエリアの医学部生より多少上品なくらいで満足していないで、次のステージに行けと。箱庭の中で世界を語ってるんじゃないよ。


■面接強化というよりインフォメーションが必要。
 こういう事件があると、「医学部の面接を強化して人格を見極めよ」という論が、首をもたげてくると思うのですが、これは現状では、実際にはなかなか難しい。
 面接というのは経験してもらえばわかるが、本当に時間が短くて、よっぽどおかしな言動をとらない限り本性を見抜くことは難しい。
 面接の時間をこれ以上長くする(現時点でも一人あたり30分くらいはやっているでしょう)ことは、実施コスト・採点コストともに非現実的です。
 そもそも、今回の犯罪者達だって、いつでも性犯罪者みたいなギラギラした目つきで生活しているわけではなく、普段は「ふつうの人」なんですよ。そんなものは面接では見抜けません。

 確かに、現在は、ビッグデータ解析が技術的に進化してきているので、テクノロジーがコストを追い越す可能性はないでもない。
 例えば、48時間監視カメラをつけて、行動観察したものをビッグデータ解析にかけて人間性に問題がないかどうかを判定することは、10年内には‛技術的には’可能になるかもしれない。
 ただ、これも現場への応用性となると難しい。いつ48時間カメラをつけるのか?「これからつけます」と宣言したら、48時間「よいこを演じる」ことはいくらでも可能になってしまう。
 本人に知らせずに監視カメラをつけるとなると、人権問題に発展しかねない。そこで、例えば、変態もののAVをみていたら、医学部不合格になるのか?それも無茶な話である(そういうところで発散しているからこそ、現実に手を出さないのかもしれない)。
 そもそも、今の時代、入試についても点数開示が求められるようになってきているので、主観的な判断はもとより、そのような解析手段は、いかなる場合も、点数が低く出された家庭から疑義申し立てが相次ぐであろう。

 東京大学の医学部は、「面接なんかで人格を見抜くことはできない(というか、一生懸命見抜こうとした場合と、結果的に有意差がない)」そしておそらく「面接点数開示に伴う煩雑さ」を鑑みて、面接試験をそもそもなくしてしまいました。
 一見、乱暴なようですが、実はこれが理にかなっている真実なのです。他の大学は、本当に人格を見抜くためというより、「面接して一応人格は確認しているんですけどねぇ」というexcuseのためにやっているようなものです。
 
 ですから、この問題点に関して言えば、コストが低くもっとも現実的な当座の対応策は、「徹底的なインフォメーション」であると私は考えます。
 医学部に入ってくる子達は、頭の悪い子達ではない。最低限の理解力は担保されています。
 だから、今回のような件を訓示として、「千葉大学の〇〇君と△△君と××君と☆☆医師は、こういうことをしでかして、文字通り、人生が台無しになりました^^)」として入学オリエンテーションで言えばよい。
 これは、医学部に限らない。2016年、慶應大学は医学部ではないものの、広告研究会で同様の事件が起きているし、全部の大学でとりあえずやればいいことである。

 ただ、その学生達の「知的レベル」によって、その危機意識の定着度には大きな差がある。
 例えば、運転免許でも、「酒酔い運転して、人をひき殺してしまったら、その人だけじゃなくてあなたの人生も台無しになるよ」という訓示を講習で受けますね。この訓示の仕方が低頻度で弱っちいのが、また若干気に入らないのですが、それでもあることにはあります。
 でも、世の中、理解度と定着度に難がある人がたくさんいますから、そんなの忘れちゃうんですよ。だから、酒酔い運転はなかなか根絶できない。

 同様に「レイプしたらせっかくの学歴が水泡に帰するよ」という訓示は、Fランク大学だったらほとんど効果がないでしょう。毎朝読み上げさせてようやく効果があるくらいではないかな。
 でも、医学部レベルなら、それなりに効果があると私は思います。入学オリエンテーションだけでなく、毎年度頭に訓示すればよい。「注意しましょう」なんていう生易しいものではなく、「やらかせば君自身の人生が終わるのだ」ということを明確に盛り込んで訓示すれば、かなりの効果があるはずです。

 世の中は、複雑化・多様化しすぎたため、知識的な意味合いで「成人」になれる時期は遅れてきています(選挙権は引き下げられたが、これは世代格差解消のための政治的意味合いが強く、頭脳・知識的な意味での実態では逆である)。
 自分の場合でも、だいたい見識が固まってきたと言えるのは25歳頃という体感であったし、私より「不勉強」な者であれば、なおのこと遅いであろう。
 そういう意味で、大学生は、昔の大学生より「子供化」していることは間違いない。彼らは、20歳を超えてしまった子供なのである。
 だから、「20歳にもなって、学校で訓示なんてナンセンス」などと言わずに、小学生などと同じように、ラジカルな訓示はやるしかないというのが私の意見です。その20歳という線引きが、先述の通り、実態とかけ離れているのですから(ちなみに、25歳まで少年犯罪扱いしろという意味でもない。少年犯罪に対しては世論の厳罰化圧力が高まってきており、刑罰的な意味での本当の「子供扱い」の期間を伸ばすなどというのは、非現実的です)。
 それに、大学の教授たちも謝罪したくないでしょ?記者会見開いて恥かきたくないでしょ?保身大好きな人種だからね。訓示だけで犯罪減らせるなら、安いコストですよ。


■酒
 私はお酒が好きではなく、ほとんど飲まないからこそ言わせてもらうんですが、酒の「凶器性」について、認識が甘すぎると思いますよ、皆さん。
 歴史的には、アメリカはじめ「禁酒令」が試みられたこともあるくらいなんですから(あまりにも不人気なので法律的にはさすがに続かないですが)。

 医学的には、肝硬変になるし、アルコール中毒にもなる(肝不全の死に方は、なかなかにミゼラブルですよ)。ただ、そんなことは耳にタコができているでしょうから、ここでは強調しません。酒飲んで車を運転する奴のクズさについても、同様です。
 今回、私が特に言いたいのは、お酒は、安価で合法的に入手できる歴史的にもっとも確立された「媚薬」であるということです。

 「男性の前で泥酔する」ということは、「ヤクザに無理矢理覚せい剤を打たれる」のと同じくらい、自分を性的クライシスの前にさらけ出すという行為に他ならないのだということを、女性はもっと知っておかなければなりません。
 だから、こういう事件も後付けで、男性側から「あれは合意のもとでの行為であった」という主張すらなされてしまうんですよ。そんなことまで言われて、情けなくならないですか?
 これを逆手にとって、相手から多額の慰謝料をせしめようとしているくらい、強かな女性なのだったら言うことないですけどね。

 だから、あれですかね。訓示は、男子学生向けの「暴行したら人生終わる」、女子学生向けの「男の前で泥酔するなら、相応の覚悟のもとで」の二本セットがいいのかもしれないですね。


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2016年03月14日

脇坂タレント女医逮捕とテリー伊藤の発言について思うこと。

 逮捕された脇坂とかいう女医について、時事ネタ記事を書く価値すら見いだせないと一度断じたわけですが、テリー伊藤氏がいい感じに燃料を入れてくれたので、書ける気がしてきました(笑)
 長いですよ、覚悟してください。医療ネタでもあるんですが、一応一般記事扱いで。

***
 テリー伊藤「医者は努力していない」 ネット上では批判の声続々

 タレントのテリー伊藤が13日、コメンテーターを務めるTBS系『サンデー・ジャポン』(毎週日曜 前9:54)に出演し、日本の医師免許制度について痛烈に批判した。

 元タレント女医の脇坂英理子容疑者が、診療報酬を水増し請求した詐欺の容疑で逮捕されたニュースを受け、テリーは「医者は遊んでて仕事ができるのか。テレビの演出家でも料理家でも、みんな努力してる。医者って、年をとっても試験がない。だから努力をしてないと思うよ」と、医者という職業に対する持論を展開。

 スタジオゲストのタレント女医・西川史子や医学博士・奥仲哲弥氏から「努力してる人もたくさんいる」と反論されるも、「そういう人もいるけど、患者の話を聞いて薬を出すだけの人もたくさんいる。こんな楽な仕事はない。どう向上心があるか、発表してほしい」と最後まで意見を変えなかった。

 テリーの発言を受け、ネット上では「普通の医者は学会行ったり新しい研究結果を考えたりしてる」「いいお医者さんは本当に体力的にも精神的にも大変」「ひどい言い方。向上心のあるなしはどんな仕事でも個人差がある」など、批判的な書き込みがあふれた。

***

 政治討論でもそうなんですが、この手の論争は、水面下で論点がずれていて、互いに水をかけあって終わっているのがオチなんです。メディアのレベルが低いのも一因だと思うのですが、「どうせやるなら、もっと本質的な議論までさかのぼってしてみろや」という話なんですよ。

 論点を整理しましょう。
 まず、「医者」という概念が広すぎるんですね。例えば、外科と精神科では、同じ「医者」として括っていいのか疑問に思えるほど、生活スタイルも、求められる技能も、ハードさも異なります。よく言われる通り、勤務医と開業医でも全然違いますし、勤務医の中でも大学勤めなのか、大規模病院勤めなのか、中小規模務めなのか、アルバイト中心なのかで全然違います。
 その中には、「理不尽だろこれはw」というレベルの不公平も、極めて容易に認められます。テリー氏が言うように、「適当に話をきいて、適当に薬を出すだけで、あとは遊んでいても暮らせる」というスタイルも確かに現実的に不可能ではないですよ。ただ、多数派の医師はそうではないのであってね。

 ですから、テリー氏が「‘医者は’努力してない」という言い方をしてしまった時点で、こういう反発が来るのは当たり前なのです。「努力していない医者がいる」という局所的な話から、飛躍して全体論に拡張してしまっているわけですから。
 一方で、反論する側も反論する側で、「こういう人もいる」「そういう人ばかりじゃない」「ほとんどの人は良心的」という程度しか言い返さないのは、やはり、局所しか論じることができていないわけです。
 こういう局所の例だけを取り出して、全体を論じようとするやり方は、政治の世界ではバカ左翼やバカ右翼がよくやっていることでして、永久に水掛け論に終始します。そりゃそうです。‘局所的には’どちらも正しいんですから。彼らはそれを本気で信じているからこそ、タチが悪いと思います。

 ところで、やりとりの中でテリー氏は「(努力をしている)そういう人もいるけど」と言っていることからわかる通り、本気で「全員の医者が努力していない」などとは考えていないはずです(もし思ってたらとしたらちょっと頭がおかしい)。
 「医者は努力してない」という過激な言い方をした可能性は2つあって、あまり深く考えずに口が滑っているか、演出家としてあえて炎上して盛り上がるように仕向けたかでしょう。どちらかというと前者な気がしますけどね・・・。

 ですから、まとめると「努力していない医者がいる」は正しいし、「そういう医者ばかりじゃない」も正しい。そして「医者は努力してない」は論理的に誤り。これでファイナルアンサーです。

 で、次に、この論争において、本当に重要な論点(テリー氏の発言を好意的に汲み取ったときの真意)は何なのかというと
医者に、継続的に向上心をもたせたり、技術や知識の維持を努力させるような仕組みがない。(だから、脇坂みたいな犯罪者が出る。なんとかしろ)
 ということです。

 この点に関していえば、はっきり言って正しいですよ。基本的に医者は、最初に医師国家試験を通ってしまえば、医師免許としては更新制度がなく生涯通用します。ですから、自己研鑚のための尻たたきにはなりません。

 ちなみに、専門医制度というものがあります。「ただの医者」じゃなくて、一定の基準を満たせば、例えば「外科専門医」といったような資格が与えられます。この資格は更新制です。学会に出席したり、症例の経験数を維持し続けなければいけません。
 今どきのほとんどの医師は専門医資格を持つことを自分の臨床能力を証明する一つのオーソライズ手段と考えていますから、「専門医資格の更新をもって医者は努力している」という反論もありうるでしょう。少なくとも、それに従っている医師が多数派であるわけですからね。

 しかしですね。
 そもそも専門医資格は国家資格ではなく本質的に学会が指定する民間資格です。別に専門医がなくたって、医者として働けるものは働けるのです。勤務医なら「ちょっとおかしい奴なのかな・・・」と雇用者に思われるかもしれませんが、実際の能力が問題なければ大して障害にはなりませんし、開業医なら自分が城の主なんですから言わずもがなです。
 それに、専門医の更新がそんなに難しいものなのかと問われれば、そこまでじゃないですよ。向上心なく平凡に医者をやっていても、普通に手続きしてれば更新できる程度のものです。

 だから、「専門医資格制度は更新制だから、医者は努力している」というのも、きちんとした反証にはなってなくて、
「医者に、継続的に向上心をもたせたり、技術や知識の維持を努力させるような仕組みがない」
 という事実自体は、正しいのです。
 正確に言えば、「それなりの制度はあるし、多くの医者はそれに従っているが、患者達が理想の医者像として要求するレベルの‘向上心’や‘努力’を強いる制度までは存在せず、その部分は医師個々人に任されている」です。
 日本の患者は、医者に「聖人」レベルの向上心や努力や自己犠牲を潜在的に要求する民族ですからね笑。


 すると、論点は次のように推移していきます。
 テリー氏のような方なら、こう言うでしょう。
専門医の更新制度を厳しくしたり(パスできなければ専門医剥奪)、医師免許の更新制度を新設すればいい

 それは確かにそうです。理念と建前としては、そうなるでしょう。私もそれができるのなら賛成ですよ。私自身は向上心を保って、努力をしている側の人間ですから、脇坂みたいな医者がバンバン消えていってくれたほうが、そりゃ気持ちいいです。

 でも、それをやって、経済原理的に誰が得するの?・・・っていう話になるんですよ。
 テリー氏はおそらくそこまでは考えて発言していないでしょう(だから浅薄に感じられる)。

 医者の査定の仕組みが甘いというのを認めたとして、じゃあ厳しい更新制度を設けたとしましょう。で、資質を満たさない医者がバンバン落ちる。私の体感では、そうしたら、毎年1〜2割くらいの医者はダメなんじゃないかというくらい、ダメ医者やレベルの低い医者は多いですよ。
 それで、毎年一定数の医者が消えたとして、曲がりなりにも彼らが診ていた患者はどうするんですか?誰がみるんでしょう。残りの医者ですよね。今の医療需要では、現場はパンパンで余力がありません。
 一人の医者が消えたら、彼が受け持っていた、延べ200人/月(外来25人/日を週2回×4週と計算)は、誰かがみないといけないのです。残った優秀な医者は、既に患者満杯でエグらされているのに、さらに仕事が増えるわけです。そして、それによって直接の激しい煽りを食らう勤務医の給料は1円たりとも増えません
 一方、患者のほうでは、医者が減少することによって、「診てもらえない」「たらい回しにされた」というケースが増えるのです。

 ここで、バカプロ市民は言うでしょう。「医者を増やせばいい」と。
 医学部は、既に日本の学生の「上から優秀な順に」入ってる形になっているんですよ。医学部に入るの難しいですよね?医者を増やすと「優秀な上のほう」が増えるんじゃなくて、「今の医者になっている層より、さらに下の層」が、医者になるようになるんです。すると、彼らは医師の資質を満たすのか?
 どうして現状で医師になれている層の下っ端を試験で落とそうという話をしているというのに、本来的にそれより頭脳的に劣る集団を医者として増やして、その試験をクリアできると言うのでしょうか?

 百歩譲って、医者を減らすことまではできないから、更新のときに、「水準を満たしてないですよ〜」という警告通知(ただし更新に支障はなし)だけは来るという仕組みだとしたらどうでしょうか?意味あります?笑
 ダメ医者っていうのは、「おまえはダメだ」という通達がされても何も感じないし、何も行動変容しないからダメ医者なんです。

 医療現場では「あの人はダメ医者」「あの医者はヤバい」と、周囲の医者や医療スタッフから思われている状況って、正直な話、かなり高頻度にあります。私の体感では「医者2〜30人に1人はヤバい」です(!・・・)
 それでも、なぜ駆逐できないかというと、「それでも頭数として、いないよりいたほうがマシだから」なんですよ。
  ですから、「専門医資格剥奪」だってほとんど有効性がありません。
 「すいません、専門医剥奪されました・・・」「そうか。でも、患者は今まで通りみてくれな。来年はまた専門医とってな」
 →これで終わるだけですよ。
 つまり、そういうレベルで、医療需給というのはひっ迫していて、現在の「公平な」医療制度の枠の範囲内でそんなことをやろうとしても、患者も含めて誰も得しないというのが真実なのです。
 そんな、綺麗ごとが通用しない不完全で汚い現実を生暖かい目でみながら、「まぁでもしょうがないよね」といって、多数派のまともな医者は自分の仕事に励むし、患者はなんとか「自分だけはよい医者にかかろう」と努力して情報を集めるのです。


 逆に、向上心や努力を維持させるための解決策として、
優秀なお医者さんが、たくさんお金をもらえるように、ダメな医者は儲からないようにすればよい
 と言う人もいるでしょう。新自由主義者あたりですかね。
 テリー氏が「テレビの演出家でも料理家でも皆努力している」と言うのは、努力と成果がお金に紐づいているから、すなわち明確な「市場原理」に支配されているからです。

 これは原理的にはいい方法ですよ。超長期的にみれば、「力不足の医者が淘汰される」という目的は達成されるでしょう。
 ですが、医者側に市場原理が導入されるということは、患者側にも導入されるということです。お金持ちは「学歴も優秀で向上心があって努力も怠らない医者」に、法外な金額を払ってかかることができ、貧乏人は「低学歴で向上心がなく、努力もしない医者」にしかかかれない傾向になるということになります。
 米国の医療制度はこんな感じですが、それでいいのかという問題が一つ。
 優秀な医者側からしたら、「少しの患者を高い単価で診察して、収入も高い(=向上心と努力が報われる)」のですから、現在より劇的に待遇が改善されるわけで、大歓迎でしょうけどね。

 もう一つの問題は、超長期的に市場原理が働けば、確かに「力不足の医者が淘汰される」といえますが、先ほども述べた通り、高齢社会にあってどんどん医療需要が伸びている(高齢者はどんどん病気になるから)日本においては、圧倒的に医者は「売り手市場」であるということです。
 短中期的にしばらくは売り手市場である以上、いくら市場原理を導入したところで、底辺の医者であっても厚遇は厚遇です。優秀な医者が「すごく報われる」ようになって、ダメ医者が「普通においしい」くらいになるだけであって、ダメ医者を市場から「排除」するまでには全く至らないのです。

 というわけで、全てのことはじめ「お金(経済)」の原理で根底から考えたとき、「圧倒的売り手市場である以上、ダメ医者を排除する方法なんてない(理念的に主張したところで、それは空理空論に終わる)」というのが結論なのです。

 ちなみに、現行体制の中では空理空論に終わるからといって、議論する意味がないということではありません。「(遠くにある)理念」をぶつけあって、社会の方向性を決めていく・・・これこそが「政治家」の仕事ですから。
「医者の数を3倍に増やして、TPPと一緒に医療にも市場原理導入!これでダメ医者も排除する!」
ないしは、
「専門医更新制度を国の指導のもと難化。専門医資格を持つ医師には、+100万/年の昇給手当。その財源は、増税or患者自己負担増により賄う!」
 これくらいまで、考察を深めて言えば多少の価値があるってもんです。浅薄な知識しかないTVのコメンテーターでは無理でしょう。
 ただ、これができている政治家がはたして何人いるか・・・水掛け論ばかりして議論を深化させられない政治家もたくさんいますよね。


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