2017年02月25日

書籍出版のお知らせ

 この界隈の仕事をはじめてから、5年経ったでしょうか。早いものです。
 いよいよ気が熟してきた感がありまして、2017年は、大きなムーブメントをいくつか皆さんに披露できる見込みになっています。

 今回は、その第一弾の発表です💨
 とらますく先生の著作、ついに紙媒体で出版されます❗❗

 これまで、個人的にはこのサイトで書籍を販売していたりもしましたし、主要作「本当の勉強法を知りたくないか?」はKindleで電子出版もしています。ただし、いわゆる普通の書店に並べるような形での出版物はまだなかったんですよね。
 そんなわけで、今回は私にとっての、厳密な意味での「出版」第一号作品となります!

 さて、そのタイトルは・・・


 「Dr.とらますくの
   採血&静脈ルート確保手技マスターノート」



・・・です(笑)
 いや、そこは勉強法とか生物とか英語じゃないんかーい!という突っ込みが来そうですね。まぁ、正直これらはまだタイミングじゃないです。
 というわけで、意外なことに(!?)私の出版処女作は、医療関係本となりました✋

 この本は、「採血,末梢ルート確保って、医療従事者にとって初歩中の初歩の手技で、結構難しい(職人芸的な)ところもあるのに、ちゃんとまとめられた本がないな」という課題意識から執筆をスタートしたものです。
 医療手技の本って、挿管とか中心静脈ルートのような割と高度な手技に関してはよくまとめられているのですが、採血,末梢ルート確保は「当たり前」すぎて、ほとんどまとめられていないんですね。もちろん、ネットを検索すれば断片的な情報くらいなら落ちているのですが。
 しかし、4月にはじめて医療現場デビューする初心者にとっては、最初は誰しも穿刺失敗を繰り返すところなので、結構「悩みのタネ」であることは間違いないんです。それで患者さんにクレームつけられたり、先輩にいじめられたりしたら、なおさらのことですね💣
 そんなわけで、初級者が「耳学問」ではなく、きちんとコツを効率的に会得できるように、まとめあげてみました。「採血,末梢ルート確保だけで1冊の本にした」という前代未聞の作品になります。
 間違いなく「採血,末梢ルート」のコツや留意点に関して、日本一詳しく、体系的な本です(笑)🚩

 企画を非常に前向きに請け負ってくれ、イラストや写真を豊富に加えてとても魅力的な仕上がりにしてくださったナツメ出版様をはじめ関係者の皆様方にはこの場を借りてお礼を申し上げますm(_ _)m

 2017年3月3日以降から全国の書店に並ぶ予定ですので、次の4月から看護師,研修医,検査技師などになる方々にお役立ていただきたいですね(*^^*)


医療についてもっと詳しく知るにはこちら
人気ブログランキング[受験・医師]
医療手技についてもっと詳しく知るにはこちら
にほんブログ村[受験・病気]

※ブログランキングに参加しています。クリックしていただけると、とてもうれしいです。更新の活力になりますので、是非ご協力ください!
 人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

2016年10月08日

死生学

 癌についての考察を深めていくと、最終的には必ず、死生観の問題に行き着くことになります。

 PR→SD→PD→・・・といったようなサイクルの中で、「完治(CR)することは、まずない」とわかっていながらも、余命を伸ばすという目的で治療を受け続けるということ。
 これは、健康な人にとってみれば、本当の意味では想像もつかない事態ですし、実際その身になった人にとっても、天と地がひっくり返るほどの心理的転換を強いられるであろう出来事です。

 多くの普通の人は、つい昨日まで「自分が死ぬ」なんて夢にも思っていなかったわけで、その心理的転換に多大な、精神的・時間的なコストを払うことになります。上手にマネジメントできないまま、大混乱のまま亡くなっていく人もいます。
 「生物は、必ず死ぬ」ということは、皆当たり前の事実として知っているにもかかわらず、いざ自分や自分の家族のことになると、往々にして「まさか」となるのです。
 私は医師として、多くの臨終、ないしは終末期の面談にも立ち会っていますが、90歳以上の超高齢の患者さんの家族の場合でさえも「今回の見通しは非常に厳しいものになります」という話をしたときに、「な、な、な、なんだってー!信じられない!どういうことですか!?絶対に助からないんですか?他に方法はないんですか?」というような反応をされる方が、一定数います。
 その場合は、懇切丁寧に病状説明をし直すわけですが、「この人たちは、90歳を超えた自分の家族が‛死ぬ’という可能性を、本当に少しも考えたことがなかったのだろうか?」という疑問は生じます。

 それでも、90歳なら世の中の大半の方々は、「死」を意識するでしょう。上記のようなケースは、必ず一定数いるとは言っても、基本的には小数派です。
 ただ、じゃあ70歳だったら?50歳だったら?30歳だったら?

 老衰・病気のかかりやすさという観点では、「死」は確かに年齢と比例関係で可能性を増して迫ってくるものですが、逆に言うと、それ以外のファクターに関して言えば、「死」の可能性は、若者から高齢者まで平等に存在しています。
 自分の周囲を見回してみてください。25歳くらいを越えてくると、チラホラ同級生でも亡くなる(理由は様々ですが)方がでてきますよね。
 私は、皆、成人したら一度「死」というものについて自分の考えに向き合ってもらうことが必要ではないかと思っています。


 「死生学のすすめ(医学書院, 山本俊一)」という本があります。東大の衛生学の教授が執筆された本です。この本、そんなに面白いわけではないのですが、なかなかためになる着想が記載されています。
 これは「免疫」の考え方を、死生学に応用してはどうかというものです。

 つまり、病原体のワクチンを予防接種しておけば、身体の免疫が予行演習する形になり、いざ本当の病原体が入ってきたときに、大きく体調を乱されることなく敵を叩くことができます。
 これと同様に、「死」についても、晴天の霹靂のように死に対して向うのではなく、あらかじめ元気なうちに「死」に向き合うという予行演習をしておくことで、いざ本当に差し迫る「死」に対峙したときに、無駄なコストを払わずに平穏な精神的マネジメントが可能になるのではないか・・・ということですね。

 日本人は、歴史的にみれば、世界でもめずらしく「死」に対する許容度が高い人種だったはずだと思います。
 切腹・自決・特攻などなど、外国人からしたら理解し難い「滅びの美学」を、長い年月の間、ずっと持ち合わせていました。
 それは必ずしもいい面ばかりではありませんが(特攻などは権力者によって、死生観を悪用された例です)、日本人は、もともとせっかく持っていたこれら考えを「忘れすぎてしまった」感はあると思います。
 高齢社会にある現代日本にあって、家族や自分の死とどう向き合うのかという問題は、ますます重要度が増していきます。
 少なくとも、自然死・病死といった「普通の死に方」に関して言えば、死生学という予防接種を投与することは、成人以後、どんなに早くても早すぎることはないでしょう。

 私個人に関して言えば、実のところ、「明日、何かの拍子で死ぬかもしれない」と常々意識して生きています(ですから、周囲がいぶかるレベルのペースで世に価値を残そうとするこだわりが強いのです)。
 何かまとまりのあるプロジェクトに着手する際には、「これが一段落するまでは死ねないぞ〜」と思いながらやってるんですよ笑。
 簡単な形式ではありますが、毎年、遺書も書いています。 
 
 まぁ私は医師であって日頃から「死」に直面する機会が多いというバックグランドがあるからなのですが、そこまでいかなくても、皆さんにも是非、小林麻央さんの例を「気の毒な人」という程度に流してしまわず、自分の人生について考えるきっかけにしてもらいたいな、と思います。


※ブログランキングに参加しています。クリックしていただけると、とてもうれしいです。更新の活力になりますので、是非ご協力ください!
 人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

2016年09月26日

近藤誠「がんもどき理論」について

 前回、抗癌剤に関して、詳しくお話ししました。
 さて、その流れで、かの有名な(?)慶應医OBである近藤誠医師について書きたいと思います。
 この人は、もともと放射線科医なんですが、何かをきっかけに思想が変化したようで、「外科手術・化学療法・放射線療法など、全て無効であるから、癌は放置すべき。検診もいくべきでない」という独特の理論を展開しています。

 この人の主張は、いわゆる自然科学における知識の蓄積のセオリーというものから完全に逸脱していますので、基本的にはキワモノ医者(医師・医学者というより宗教の教祖)です。
 膨大な患者数を集めて行われてきた大規模臨床試験の結果を全く間違っていると決めつけ、自分が経験した範囲の症例だとか、重箱の隅をつつくレベルの小さな論文を引用して、「癌の治療は全部意味がない」とまで言いきるのですから、経験哲学の祖フランシス・ベーコンも卒倒するレベルです(笑)。
 ただ、彼の「がんもどき理論」には、少し有用に解釈できる部分もありますので、今回取り上げてみようというわけです。

 そもそも彼の「がんもどき理論」とはどういう理論なのでしょうか?
 簡単にまとめるとこういうことになります。

■いわゆる癌には、本当に悪性度の高い「癌」と、それっぽく見えるだけの「がんもどき」がある。
 悪いものは最初から悪いと決まっている。「がんもどき」はいつまでも「癌」になることはない。
 だから、早期発見したところで、本当に悪い「癌」なのならば、とっくに転移をしているから、検診による早期発見という行為は無意味である。
 同様に、早く見つかったからといって原発巣を手術で切除するということも、本当の「癌」ならば無意味である。
 また、最初から悪いと決まっているのだから、抗癌剤や放射線療法も効くわけはなく、副作用ばかりでむしろ寿命を縮め、有害なだけである。
 一般的な医者が、「早期発見したおかげで完治した」などというのは、「がんもどき」を治しただけで、ただの自己満足である。抗癌剤も含め、全ては医者と製薬会社のお金儲けのためである。その「がんもどき」は、放置しても永遠にそのままで、命を奪うことはない。医療はわざと「病気」を作り出している。


 「世の中には反論できないものは存在しない」とはよく言ったものですが、彼の理論も、科学の隙間を縫ってよく練り上げられた理論です(悪い意味で)。
 いかなる科学的事実も、直接的な証拠を得ることはできません。数多くの客観的な実験観察データから「それならば、こうに違いない」という、「最も確からしい推論」の積み重ねで成り立っているわけです。
 科学的実証は「○○である可能性が極めて高い」とは述べますが、「絶対に××でない」とまでは言えません。だからと言って、「絶対に××でないとは言えないから○○を信じない」ということをしていては、いつまでも前に進みません。ですから、ひとまず「これだけの証拠が揃っているなら、○○は正しい」ということにして、それに乗っかり、次の科学的課題解決に進みます。もちろん、後になって○○が訂正されることもありますが、それも含めて自然科学のプロセスです。
 近藤医師の行いは、「絶対に××でないとは言えないから、××が正しい。○○は全く間違っている」というぶっ飛んだ論理展開ですから、まぁ科学者としては認められないでしょう。宗教家です。


 さて、しかし、医者が宗教家になってはいけないという決まりはありませんし、宗教は「信じて、それで幸せになれるなら信じればいい(他人に迷惑をかけなければ)」ものです。
 こういう観点で考えると、実は近藤理論は、「信じたほうが幸せなケース」があります。
 それが、小林麻央さんのような「若年者における悪性度の高い癌」です。
 もともと若い人で癌になることは稀であって、若いのに癌になるということは、細胞にはよっぽど尋常じゃない変化が起きていると考えられます。
 それが、表現を変えれば「悪性度が高い」となるわけで、手術する間もなくあっという間に転移をしてしまうし、治療もただひたすら効き目が悪いということになります。

 小林麻央さんの場合、ブログを拝見すると、乳腺専門医に「大丈夫だと思う。念のため6カ月後に再診してください」と言われています。
 この判断は複数名の専門医で意見が一致しているようですから、「誤診」ということにはならないでしょう。本当にそのときの画像所見としては悪性に見えなかったのだと思います。そして、6カ月後の再診という判断も妥当でしょう。
 そして、小林麻央さん本人は再診が8カ月後になってしまった(2カ月遅く)ということなので、これが一般的に後悔の対象となるポイントかと思います。
 ただ、普通の医者感覚として、この2カ月間の違いがそこまで決定的だったのか?と言われると、ちょっと微妙なところなんですよね。8カ月後にもう相当な進行癌になってしまっていたという進行スピードならば、仮に予定通り6カ月後にみたとしても、やはりとっくに進行癌になっている可能性が高かったのではないかとも思えるのです。
 では、もし3カ月後に再診していたら?1カ月ごとのtight follow upだったら?・・・となってくるとキリがなありません。良性に見えた人でも全員1カ月おきの診察にするのか、という話になってしまいます。

 そこで、近藤理論の登場となるわけですよ。
 小林麻央さんの場合、若いのに乳房に腫瘍ができて、それは「がんもどき」ではなく、本当の「癌」だったわけです。そして、それは本当に悪い癌であるから、発見時には既に(目に見えないレベルで)転移をしていて、救いようのないものである。だから、「あのタイミングで検診にいっておけば」とか「○カ月後にみてもらっていれば」という仮説は全て無意味、簡単に言ってしまえば「運命的に最初から助からない」・・・というわけです。
 これはとても残酷な解釈のように思えるかもしれませんが、「治療のタイミングを逃したようにみえて、末期癌になってしまった」人にとっては、かえって気持ちが楽になる考え方でもあります。
 
 過去は決して変えることはできないので、過去の事実や行いは、今の自分にとって都合よく解釈したほうが幸せです。そして、「では、自分が幸せになるためには、これからは何をするか」を考えるべきです(なんか、アドラー心理学っぽくなってきた)。
 こんなところに、一応「近藤教」の活用の場があるかな・・・と思います。

 近藤教に従えば、さらに抗癌剤もやるべきではないということになるのでしょうが、これはどうですかね。
 若い以上、少なくとも一発はやってみるべきだと思います。可能性は低くても、著効する一縷の望みにかけてみる価値があります。
 もし奏功しなかった場合(そしてそれが今の小林麻央さんの状況に一致すると思うのですが)、化学療法を続けるべきかどうかは難しい判断です。それでも、前回お話ししたように、予後延長効果が数カ月期待できるかどうかであったとしても、その時間は「お別れの準備」に回すことができますから、若い患者であるからこそ、やる意義がないということにはならないでしょう。


※ブログランキングに参加しています。クリックしていただけると、とてもうれしいです。更新の活力になりますので、是非ご協力ください!
 人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

2016年09月24日

化学療法エトセトラ

 癌は、原発巣の手術を早い段階でできれば、かなりの治癒率が期待できるが、そうでない場合は「癌をかかえたまま、どれくらい生きられるか」の勝負になるという話まできました。
 今回は、後者のケースについて少し詳しくフォーカスを当てようと思います。

 抗癌剤は昔に比べるものすごく進歩しました。
 癌の治療で難しいのは、悪い細胞も正常な細胞も、いずれも人間のその人の細胞であることは共通しているということです。つまり、「悪い細胞だけ選択的に叩く」ということが非常に難しく、全世界の医学研究者はこぞってそこに知恵を絞っているわけです。
 その成果もあって、近年は選択性の高い抗癌剤が続々と登場してきています。

 癌の中には抗癌剤がよく効くタイプのものがあります。これに性能のよい抗癌剤がヒットすると、結構な進行癌であっても、「綺麗さっぱり癌が消えてしまった」というケースがみられることがあります。
 これは、医学的には「CR(complete response)」と呼びます。ただ、それは基本的に稀で幸運なケースです(宝くじに当たるようなものだと思うほうがいいです)。

 では、普通の抗癌剤の効き方の実態はどういったものなのでしょうか。
 それは、「PR」「SD」「PD」という言葉で表されます。
 PRは、partial responseの略です。「癌が完全になくなった」とまではいかないが、「小さくなった。退縮した」ということです。これは当然、抗癌剤としては有効と考えられます。この抗癌剤を続けていれば、うまくいけばCRにもなるかもしれません。
 SDは、stable diseaseの略です。「癌の大きさが変わらない」という意味です。これは無効という判断になるのでしょうか?違います。これは効果があると考えます。つまり、癌というのは放っておけばどんどん大きくなっていくものなので、大きさが変わらないなら、大きくなるのを防いでいる、すなわち効いていると考えるのです。
 PDは、progressive diseaseの略です。抗癌剤を使っているのに大きくなってしまっているという意味ですから、もちろん有効性がないと判断します。

 そして、化学療法のプロセスを(あえて非常に)簡単にデフォルメ化すると、
■「ある癌に対してある化学療法をスタート」→PR→SD→PD→「化学療法を変更」→PR→SD→PD・・・
というようなサイクルになります。

 つまり、抗癌剤を使うと,ある程度は癌に効いてPRとなります。そのままCRに持ち込むことを期待して続けるわけですが、それは基本的に稀で、どこかでSDになってしまうというのが現実です(PRではなくて最初からSDのこともあります)。SDならまだその薬は続けますが、いよいよPD、すなわち癌が耐性を獲得して抗癌剤が無効となったら、化学療法の薬の組み合わせ(レジメンと言います)を変えます。
 こうして、現状「効く」と言われている化学療法レジメンのパターンを順次出していきます。そのパターンが出尽くし、それでもPDとなったら・・・それが「万策尽きた(治癒を目指すという観点では)」ときであるということです。


 皆が、抗癌剤に期待するものはズバリ「CR」であるわけです。もちろん医学もそれを目指していますが、2016年現在ではそれはなかなか難しく、多くの場合、患者の理解と医者の意識にギャップがみられる部分です。
 手術ができないステージの場合、現実的にはPR,SD,PDの状態が組み合わさりながら、「癌をかかえたままどこまで生きられるか」の治療になるということが実情なのです。
 よく患者さんは、「抗癌剤でどれくらい治るんですか!?(CRを期待して)」と尋ねてくるのですが、誤解を与えないように、かつ希望を捨てさせないように正しく答えるのは、なかなかの高等技術を要します。


 さて、現実の抗癌剤は、そう簡単にCRに持ち込めるものではないという一面的な事実だけをとらえて、「抗癌剤なんて効かない!(SDで「効く」なんていうのはバカげている!)」「患者は医者のモルモットにされている!」と騒ぎ立てる、しょうもない人がいます。
 冒頭で述べた通り、抗癌剤はものすごく進歩しています。まだまだ不十分であっても、CRに持ち込める確率は昔に比べれば随分高くなりました。そして、なんと言っても、「癌をかかえたまま」の予後という点では飛躍的に状況が改善しています。
 つまり、昔なら数カ月で亡くなっていたところが1年に伸びたし、1年で死んでいたところが1年半とか2年に伸びた・・・ということです(わかりやすく言うなら)。
 そして副作用もかなり軽くなりましたし、緩和治療も進歩しましたから、その生きている時間も、「辛くて辛くてしょうがない。これならさっさと死んだ方がマシだ」というかつての癌の末期像からはかなり解放されました。


 理想的なCRを期待する患者からすると、「治らなきゃ意味ねえんだよ!」と嘆きたくなるかもしれませんが、以下の考え方をしてもらいたいと思います。
医学が理想の抗癌剤を発見するまでのプロセスの途中にある。
 昔の性能の悪い抗癌剤治療を受けた患者さん達は、本当に大変だったと思います。しかし、それらの経験やデータを踏まえて、次世代のよりよい薬剤が開発されることも確かなのです。ですから、「パーフェクトな完成品」でなければ使う価値がないというのは、少々もったいない考え方です。
 パソコンや携帯電話だって、ちょっと前までは今に比べたらめちゃくちゃ性能悪かったですよね?でも、その時代にリアルタイムで生きていた人達は、「その当時のベストのもの」ということで、大いに有効活用していたと思います。
 抗癌剤もそういうものだととらえるべきです。そして、「今、ベストのもの」なりの活躍はしてくれます。

引き分けに持ち込めればよい。
 癌は、進行癌では、依然として命を奪う恐い病気ですが、上記の通り、CRに持ち込めなくてもその予後は大幅に延長しました。人によっては、化学療法レジメンを手を変え品を変えしながら、「癌を体にかかえたまま」5年以上生きる人もいます。
 癌というのはもともと比較的高齢者に多い病気ですから、その予後延長効果によって、「十分生きた」と言えるタイミングを迎えられる可能性が大いにあります。
 例えば70歳のときに男性が癌と診断されて、化学療法諸々を駆使してうまいこと5年間生きることができ、最後に75歳で癌を死因として亡くなったとします。男性の平均寿命はだいたいそれくらいですから、この場合「不幸にも癌で早く亡くなった」というよりも「寿命を全うした」ととらえることができます。
 もちろん、小林麻央さんのように若い人の癌だと、この「引き分けに持ち込む」ことも非常に困難なので、若い人の癌は気の毒なのですが・・・

お別れの時間の確保ができる。
 人間の理想の死に方はまぎれもなく「老衰」ですが、実は癌は、案外それに次ぐNo.2の「良い死に方である」という意見もあります。
 ある程度「死ぬ時期」が予測されるということは、死を恐れる人間にとっては、あまりに残酷で辛い期間かもしれませんが、裏を返せば「死ぬ準備」ができるということでもあるのです。 
 例えば、脳卒中だったら、本人の自意識のないまま身体に障害をかかえて生きることになり、多大な介護コストが必要になるなど、別の大変さがあります。事故死なら、お別れをする時間もありません。
 癌は、死ぬとわかってから実際に死ぬまでの間に、家族と思い出作りなどのお別れをしたり、身辺整理をしたりするなど、手を打つ猶予があります。これらの点で、他の病死よりも幸せだとも考えられるのです。

 そして、その「手を打つ時間的猶予」は、数カ月でも数年でも長ければ、より多くのことができるわけなので、意義があります。
 例えば、小林麻央さんのケースだったら、今実際にやられているようにブログで癌の啓発活動や生きた印を残す作業をすることができます。家族との関係で言えば、元気がある間に旅行にいったり、その気があれば、今後の子供の成長に合わせた手紙やビデオメッセージを残したりということができます。
 この間の治療は、単なる「CRに持ち込めなかっただけの、死ぬまでの時間稼ぎ」ではなく、本人や家族にとっては貴重な時間だと言えるのです。


 そんなわけで、化学療法というものに対する正しい捉え方が、少しでもわかってもらえたなら幸いです。
 つづきはまた今度💨


※ブログランキングに参加しています。クリックしていただけると、とてもうれしいです。更新の活力になりますので、是非ご協力ください!
 人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ

2016年09月20日

癌治療の三本柱

 小林麻央さんのブログで本人自身から、現在「肺、骨に転移あり」との情報が発せられました。これにて、stageWであることが確定したので、やはり予後に関しては前回書いた通りの予測から外れません(心苦しいですが・・・)。

 さて、前回は癌の診断についての考え方を書きましたので、今度は治療についてです。
 癌の治療戦略には大きく分けて以下の3つがあります。もちろん、ペインクリニックだったり、精神医学的サポートだったり、その他、有効性が確定していない療法(免疫療法など)もあるわけですが、とりあえず2016年現在で有効性が確立されているのはこの3つです。
(1)手術
(2)放射線
(3)化学療法(抗癌剤)

 診断によって、病気が癌であることが確定し、そしてステージ(どくらい進んでいるのか)を分類しました。そのステージによって、上記の治療を組み合わせることになります。
 診断の考え方がきちんと理解できていれば、その理解は難しくありません。
 いくつかの典型的ケースで考えてみましょう(平易な言葉を用います)。

■原発巣が十分に小さく、画像上転移も見当たらない
 これは、(1)で治療します。普通に考えれば、原発巣を取ってしまえば治るはずだという単純な発想です。
 いわゆる早期癌というのはこれです。

■画像上遠隔転移は見当たらないが、原発巣がかなり大きい
 ここからが進行癌です。
 画像上転移がなさそうなので、(1)は基本的にすることになります。しかし、前回述べた通り、「画像で転移が見えないからといって、転移していないとは限らない」という重要な原則があります。細胞1個とか数個のレベルで、転移をしているかもしれません。原発巣が大きい場合、その確率は当然高まります。
 ですから、(1)の手術に加えて、(2)や(3)を組み合わせます。

 放射線は、原発事故の問題でクローズアップされた通り、浴びると健康に悪影響があります。細胞にダメージを与えるからです。
 でも、これは上手に使えば、癌細胞にダメージを与えることにも使えるということです。具体的には、癌細胞がありそうなところに高線量の放射線を当てて、健康なところにはあまり当たらないように設定をすれば、効率的に癌を殺せるわけです。
 (1)手術をした後も、もともと病変があった周囲などには、目に見えないレベルで癌細胞が入り込んでいたかもしれません。また、近くのリンパ節など、局所的な転移が取り切れていないかもしれません(なるべく手術で取りきるように心がけるのですが)。
 だから、原発巣のあった場所の周囲に重点的に放射線を当てたりします。

 (3)の化学療法、すなわち薬は、全身に効かせることができます。全身に薬が回れば、原発巣よりも遥か遠くに転移していた場合、そしてそれが目に見えない細胞レベルのものであったとしても、癌細胞を殺すことができます。
 ですから、手術した後に、抗癌剤を使ったりするのは、そういう目的なのです。

■画像上に遠隔転移がみられる場合
 原発巣から遠く離れた別の臓器に転移、すなわち遠隔転移がある場合、基本的には(3)の化学療法が主な治療手段になります。
 ここまで読んできた方なら、「主な治療手段になる」というより、「それしかない」ということがお分かりいただけると思います。
 画像でみえる遠隔転移がある以上、癌細胞は細胞レベルで全身に散らばっているので、その見える部分だけをモグラ叩きのように手術していったところで、すぐにまた別のところに転移病変が出てくるので、意味がないのです。それになんといったって手術はお手軽に何に対してもできるものではありません。

 なお、姑息的に手術や放射線を行うことはあります。
 例えば、原発巣の大きな病変が圧迫して痛みや障害を出しているときは、治すためではなく、症状緩和のために腫瘍を切除する意味があります。
 同様に、骨に転移がある場合、やはり骨折や強い痛みの原因になりますから、そこに放射線を当てることに意味があります。
 でも、これらはあくまで「治癒」を目的とはしていません。


 近年は、ひと昔、ふた昔前に比べれば、癌の治癒率は大幅に向上してきました。
 しかし、それは「治せる治療」が見つかったということではありません。どうして、治癒率が向上しているかというと、以下のような点にまとめられます。
●早期発見ができるようになった
→健診や人間ドックの普及、診断技術(画像検査や胃カメラ,大腸カメラ)などの向上により、「原発巣が十分に小さく、画像上転移も見当たらない」という段階で見つかる確率が増えてきた。
●治療法自体がよりよく改良されてきた。
→手術や放射線療法は、あまり変わらないですが(といっても進歩していますよ)、化学療法(抗癌剤)に関しては、目覚ましく進歩を遂げています。昔に比べれば、副作用はずいぶん少なくて、効き目も強い薬が多く登場してきています。
 ですが、それでも、「この薬を使えば、癌が全部消えてしまう」というような夢の薬はまだ存在しません。
 

 癌の種類によっては、他にも治療パターンの組み合わせがあります。
 例えば、局所転移がかなりあっても、放射線療法や化学療法がよく効くタイプの癌があるので、ひとまず放射線療法や化学療法を先行してやります。それで本当によく効いて、癌病変が手術できるくらいまで小さくなったら、手術をする・・・こんなこともあるのです。
 おそらく小林麻央さんの場合は、診断された時点で転移があったので、最初から手術はできず、「可能だとしても、先に放射線治療・化学療法を先行させて、それがよく効けば手術をする」という戦略だったのだろうと思います(海老蔵さんの会見の時点でそう思いました)。
 しかし、彼の会見時点で、診断されてから結構時間が経っていました(1年8ヶ月)。最終的な手術を狙っていたとしても、1年8ヶ月も術前療法を先行させたのに手術ができないということは、「よく効かなかった(手術に移行できるほどには病変が退縮しなかった)」ということが推察されました。
 ですから、ここまでの情報で、ステージWの可能性は結構高かったですし、仮に一つ前のステージVだったとしても、抗癌剤の効きが悪いことがもうわかっているので、完全なる治癒は正直望めない状態にあったということがわかります。
 そこにきて、冒頭に述べた情報公開ですから、「やっぱりなぁ」という印象です(T_T)

 よくテレビなどで「癌は治る病気になった」とセンセーショナルに伝えられたりしますが、どういう場合に「治る」のかということを正しく理解しておく必要があります
 「早期発見できて、原発巣が十分に小さく、転移の可能性が低い」ときには、手術を軸に、かなりの高確率(90%以上)で完治が期待できます。
 そして、「原発巣がちょいと大きく、転移の可能性がまずまずある」という場合にも、手術に追加する化学療法等の進歩のおかげで、それなりの確率(70%とか)で完治が期待できます。
 逆に言うと、それら以外は、「癌が体から消える(完治)」は原則的に望めません。「癌を体にかかえたまま、どれだけ生きられるか」の勝負になります。それでも抗癌剤の進歩によって、昔よりはその余命はずいぶん延びたんですけどね。


 続きはまた今度💨

※ブログランキングに参加しています。クリックしていただけると、とてもうれしいです。更新の活力になりますので、是非ご協力ください!
 人気ブログランキングへ ブログランキング・にほんブログ村へ