2016年01月26日

自ら進んで引き受ける労苦

 どうして「理Vを目指す」ということが、よい解決手段に思えたのでしょうか?
 東京大学の理科V類、すなわちスタンダードに東大の医学部に進める進路ですが、これね、入るの難しいんですよ・・・(笑)
 他の旧帝大系医学部や東京医科歯科大学、もちろん慶應大学も、いずれも非常に難しいことは確かなのですが、それら最難関とされる医学部の中でも、東大理Vは、体感的には頭3個ぶんくらい抜けて難しいのです。
 これは、やっぱり最高学府である東京大学、そして首都東京に存在し、日本で一番入るのが難しい学部ということで、地域性にこだわらず、全国から「最強志向」の猛者ぞろいの志望者が集まってくるからなんですね👊

 で、私はそこを第一志望に据えることに決めました。
 私は高2終了時点では、開成学園内で「まずまず優秀」くらいの成績をキープしていたので、サボらずきちんと勉強を続ければ‘普通の’医学部ならどこかしら入れるでしょう・・・というくらいの位置にいました。ただ、東大理Vとなると、「いや、それは厳しいんじゃないの(絶対無理とは言わないけど)」という外部評価でした💧
 それは百も承知で、理Vを目標に据えたのです。これは、私が抱えていた「内的問題」に決着をつけるためでした。
 つまり、ただ「親の敷いたレールの上を走って」医学部を目指すのなら、別にあえてエグる必要は何もなくて、無難にきちんと勉強して‘普通の’医学部に入れば済むことです。
 そこをあえて最難関に、しかもその中でもワントップ独走難関状態の理Vに、‘本気で’受かりにいこうとすると、明らかに余計な、しかもハンパではない艱難辛苦を背負うことになります。しかし、それは「親が敷いた(想定していた)レール」ではなく、「自ら望んで引き受けた」苦しみであることは明白です。
 ある種の自傷行為とも言えますかねぇ💦

 ともかく、これをもって、「自らの意志で医学部に進まんとする」ことの証明とし、それまで抱えていた内的問題に決着を得たのです💨


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2016年01月25日

抱え込んだ内的問題

 自分自身で熟考した結果、医学部を目指すことにした私が抱えた内的問題とは、「一見したところ、医師になるという進路選択は、刷り込みによるものなのか、自分自身の選択なのかの区別がつかない」ということでした。
 「別にそんなことどうだっていいじゃん」と思うかもしれませんが、まさに思春期真っ盛りの人間にとっては、結構これは大きな問題だったのです💦

 思春期とは、きちんとした自我が芽生え、「子供」から、自分の行動を自分の意思で決める「大人」への移行期間にある時期です。
 大学受験を経ての人生の進路選択というものは、その後の半生に与える影響の大きさから考えても非常に大きなイベントです。それが思春期の真っ只中にあるわけです。これは精神負荷上、大変なことですよ👀
 「自分の人生は、親が敷いたレールの上をただ走るだけなのか?」という意識と大変な格闘をするわけです。なるべくなら、そのレールから外れて、「やっぱり自分の人生は自分で決めたのだ」と、実行面でも確認をとりたくなってくるのです。
 実際、とりあえず「医者なんかにはならん!」といって、さんざん親と激しい喧嘩をしました。その過程で勉強そのものが嫌になってしまい、家出まがいのことをしたのもこの時期です💣

 しかし最終的に、私の場合は、結局「親の意向」と変わりない「医師」という選択肢に戻ってきてしまいました。これは、相当悔しいことでした💢
 「親の意向に従ったからではなく、自分自身の気持ちで医師を志したのだ」ということを証明したくても、証明する手段がない。
 進路をいったん決めたはいいものの、今度は、この葛藤の中で悶々とする状況に陥ったのです👣
 
 また数日間、この葛藤を解決する手段について考え込んだ当時の私は、以下の結論に達しました。
 「そうだ。理Vを目指そう」
 ・・・突拍子もない発想に聞こえるかもしれませんが(笑)、当時の私はこれをベストの解決手段だとみなしたのです。


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2016年01月22日

開成学園について15

 久々に開成学園のお話しです✋

 顔合わせは、この後約1時間半程度にわたって続くのですが、一事が万事この調子です。
 その過程では、「返事はオー」のくだりと同様に、あえて理不尽なシナリオを用意し、怒号とメガホン叩きを何度でも中1に浴びせかけるように設定されています👊

 クライマックスは「団長」の紹介です💣
 団長さんは、「あまりに中1がたるんでいる」という理由で、ブチ切れて退席してしまうというストーリーが必ず用意されています。
 だいたい、前に出てきたら、教卓を投げ飛ばすか、蹴り飛ばすかして退席していきます。手の込んだ組だと、教卓のネジを緩めておいて、団長が蹴った後に教卓が見事に瓦解するよう設定しているところもありました(笑)
 この際には「団長さんがキレて帰っちまったじゃねーかぁ!!!!」と一際激しい怒号が浴びせられることになります。
 あと代表的なのは、「これから高3が応援歌を歌うから、すぐにおぼえろ」と言われ、高3が1回歌った後に、中1が歌わされます。当然、歌えるわけがないのですが、そこでもやはり、「てめえら、1回で覚えろっていっただろ、聴いてなかったのかよーーっっ!!!」と喚き散らされるのです👀

 こうして、中1の言動に不満足な点がある毎に、「基本怒号セット」が延々と繰り返され、数多くの中1が泣き出します
 その日は、ヘロヘロになった状態でようやく解放されるのですが、「これから運動会の日まで1か月間、ずっとこんな状態で指導されるのか・・・」と、中1は絶望することになります。
 本当に傷ついてしまった子だと、顔合わせがあった日の夜、親御さんに「明日から学校に行きたくない。高3の先輩達が怖いから」と訴えることもしばしばです☔
 つい先日「天下の開成」に入学して意気揚々としていた親からすれば、入学して早々、子供が登校拒否を言い出すものですから、ビックリして学校に問い合わせが来て、教員が説明対応に追われるというところまでが風物詩だったのです💧


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2016年01月20日

刷り込みvs自己意志

 親からの「刷り込み」があったとはいえ、高校2年生までは、別に将来の進路を真剣に考えることなんてありませんでした(当然)。
 中学受験なんて、まったく「勉強しているふり」ですよ。中学受験の時点で、ちゃんと自我をもって「本当の勉強」をしている人なんて、全国で10人(!)くらいじゃないですかね👀お受験奮闘中の親御さん達は子供の「勉強している姿」や、成績推移に応じて激しく一喜一憂しますが、あれは99%無駄な行為ですから気をつけてください(笑)。まぁ、この辺の話はまた別の機会に💨
 
 中学受験を終えた後も、5年間に渡ってことさら無為な毎日を過ごしていましたが、さすがに高校2年生も終わりに近づいてきた頃、ついに「自分の頭を使って」、その後の進路を真剣に考える時期を迎えました💣

 「自分は何になりたいのだろうか?」
 ここで、やはり幼少期からの刷り込みというのは効いてくるわけです。自分の意思とは無関係に「医師」という選択肢が、どうしても浮かんできます。脳に刻みこまれているんだから仕方ありません。
 もちろん、他にも選択肢をいろいろ考えました(といっても、今から振り返れば狭視野でしたが・・・)が、熟慮の結果、最終的に「教師」と「医師」の2択が残ったのです👓
 教師に興味があることは、今こうしてわざわざ余暇を潰してWeb講師をやっていることからもわかると思います(笑)

 他方、私は勉強科目の中で、なぜか「生物」が、スカーンとハマッたんですね💡
 それは高校1年生のときでした。いい先生と巡り合えたのも大きい要因でしたが、とにかく「こりゃあ面白いぞ」と思った唯一の科目です。「好きこそものの上手なれ」の格言通り、生物は高校時代一貫して私の得意科目であり続けました。
 この「生物学」大好きという観点から言うと、理科(特に生物)の教師、ないしは生物学者という選択肢はもちろんなのですが、「医師」という職業も非常に親和性が高く、「刷り込み」とは別に積極的な選択理由に挙がってくるのです✊人体の仕組みを理解して、扱うわけですからね。

 ここで、迷いに迷ったわけですが、当時の私は「大は小を兼ねる(医師は教師になることができるが、教師は医師になれない)」と判断し、結局「医師」を選択することに決めました↗
 この考えは間違っていなかったと言えますが、ここで、「自分の頭で考えて」医師を進路として設定した私は、非常に大きな内的問題を抱えることになったのです。
 この続きはまた次の機会に✋


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2016年01月17日

センター試験について思うところ

 ちょうどセンター試験の日ですから、センター試験についてお話ししましょうか。

 また制度が変わる云々の話もありますが、昔でいうところの「共通一次試験」に相当する、この全国一斉実施の試験制度は、学生にとって間違いなく一大イベントです。
 「一斉実施の一発勝負」という仕組みに関しては、人によって評価はいろいろあると思います。ただし、私はこの「センター試験」という試験の「質」を、大変高く評価しています

 センター試験の問題難易度は、本当に上手に設定されています。新聞では、毎年「今年は○科目が難化、△科目が易化」と紙面を賑わせますが、あんなものほとんど誤差範囲ですよ。1科目の平均点が20点も変わったりしない限り、本当の難化・易化とは言いません。
 とにかく、毎年毎年適切なレベルで難易度・分量が設定されている、非常に「質」が安定した試験であることは間違いないです。
 いわゆる「超優秀層」の間では、皆得点率90%を超えてくるので、多少差がつきにくくなってくる(でもやっぱり差は出ますよ)ことは確かです。しかし、そのレベルを超える人はそもそもごく一握りですから、世の中の大半の学生の実力をフェアーに計測するのには、とても適しています。

 物事を理解し、暗記し、応用し、成績を上げるために勉強を継続する体力や根性・・・この辺りは一通り、如実にセンター試験の成績に反映されます
 評価できないのは、社交力とか特定の分野への飛びぬけた特殊能力くらいなものです。

 特に、私がセンター試験について高く評価するのは、国立大受験では基本的に全科目を受ける必要があることです。理系でも国語や社会を受験するし、文系でも理科の受験が必要です。これは、広視野な人材を育てるという観点では、本当はすごく大切なことです🚩
 私大受験に関して、一番残念だと私が思うのが、「このセンター試験レベルの全科目をきちんと一通り学ぶ」ということを放棄していることです。だからといって、その代わりに「社交力に優れた人材」とか「特定の特殊能力に秀でた人材」を、国立よりも効率的にピックアップできているのかと言えば、そんなことも全然ないわけであってね。ただ単に、国立大受験より楽になっているだけです。
 得点結果の利用の仕方云々は各大学に任せればいいですが、センター試験全科目を受験すること自体は、一律に課してもいいのではないかと私は思います👊

 世の中には、信じられないくらい、実力に疑問符がつく政治家がいたりしますよね。奴は絶対、センター試験を受けた経験がないか、受けていても低得点のはずです。
 人を率いるリーダーたる政治家(あとは命あずかる医者などもそうですが)には、物事を俯瞰的に理解し、飛躍のない論理を組み立てる力が必須です。一般人はいいんですよ、別に。でも、社会の上に立つものには、訴える「理念」とか「政策」とか以前に、それが備わっていないと話にならないのです💣
 センター試験は、根本的に人間に備わっているそのような「力のスペック」を評価するには、案外最適なんじゃないかと思うのです。というか、他により適切に評価可能な試験がありますかね?
 従来通り、「学歴」とか「業績」で評価するだけでなく、センター試験の点数で評価したほうがよっぽど信頼に足るんじゃない?・・・とふと思ったりするわけです。

 選挙ポスターに、フォトショップ修正満載の気持ち悪い笑顔をデカデカと載せるんじゃなくて、センター試験の得点でも代わりに書いといて欲しいですね♨
 そうしたら、エセ政治家(やエセインテリ)がわんさか炙りだされるでしょう(笑)


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