2012年04月21日

第66回意志8〜辛さをこえる動機〜

 新年度の慌ただしい時期を終えて、疲れが出てくる頃ですかねいい気分(温泉)

 大部分の人にとっては、勉強は辛く、つまらないものです。「甘い言葉で誘惑する勉強ノウハウ」が出回っている事実が、皆が勉強を嫌がっていることの裏返しですふらふら

 勉強が辛いということは、高学歴の人や、成績優秀な人達にとっても同じことであり、例外ではありません人影
 膨大な暗記をするのは面倒だし、練習問題を解くのも時間かかります。そして、とにかく疲れます。「成績がよい」ということと「勉強が好き」ということは、決してイコールではなく、成績抜群なのに「勉強が好きというわけではない」という人もかなり存在します。かつての管理人自身も、自ら好んで勉強するなんてことは、全く考えられないことでした。
 それでも彼等は、なぜ勉強するのでしょうか?その辺りにヒントが隠れているはずです。

 答えは単純です。すなわち、勉強の辛さを超える、より大きな動機の存在があるということに他なりませんパンチ

 ライオンが、お腹がすいて死にそうでも「狩りをするのが面倒で辛いから狩りをしない」というわけにはいきません。「食べたい」という動機が、狩りの辛さを凌駕するわけです。
 当サイトの訪問者の皆さんは、「上手く勉強したい」とか「成績を上げたい」という目的をもって読んでいるのでしょうから、「勉強をする」ということは、ライオンにとっての狩りと同じような位置づけのはずですひらめき


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2012年04月28日

第68回意志10〜内面から湧き出る動機〜

 結構忙しくて大変なのですが、「意志」と次の「スペック」が終わるまでは、2回/週で更新したいと思いますダッシュ(走り出すさま)

 第二のポイントは、動機はなんでもよいのですが、それは本当に自分の内面から湧き上がってくるものでなければならないということですグッド(上向き矢印)
 前回挙げた具体例も、一応例示はしましたが、それを見たまま利用するという性質のものではありません。あくまで、「何かが自分の気持ちの引き金を引く」という形でなければなりません。

 例えば、惰性で大学受験勉強をしていた学生が、現役で不合格になったとしても「まぁ、周りの皆の多くも浪人しているし、こんなものかな」なんて思ったとしたら、これはアウトです。この手の人に、「浪人はしたくないでしょ?」などという標語を突きつけて、どれだけ説得しようとも無駄です。仮に「合格したい」と表面上言っていても、本当にはそう思っていないのですパンチ
 一方、この人が、一浪目も落ちてしまい二浪目が決まったときに、「さすがにまずい。来年はもう浪人したくない。勉強しなければ」と自発的に思えば、これはOKです次項有
 
 管理人が教え子を指導していたときも、特に教え始めて初期の頃は、入念にこの「内面から湧き出る動機」について議論を重ねました。そこで、本人が「自分自身なりに勉強をしたいと思っている」ということを確認しておくことで、その後の学習へのコミットの度合いが全く変わってくるのです。

 動機は、外からいろいろ吹き込んだり、引っ叩いたり、ひっくり返したりすれば出てくるというものではないということを肝に銘じておきましょうexclamation


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2012年05月01日

第69回意志11〜よりよく稼ぎ、生きる1〜

 ダルビッシュ投手はすごいですね〜大活躍しそうです野球

 勉強の「動機」は、あくまで自分の内面から起こることが前提です。ただし、勉強することの「意義」についてきちんと整理しておくことで、その助けとすることはできますから、しばらくそれらについて確認していきましょう。
 しかし、「人が勉強する意義」を本気で突き詰めようとすれば、ほとんど哲学になってしまいます。そこで、本質的でないものは一切省き、最も多くの人にとってストレートに当てはまるヒントをまとめておくことにしますひらめき

 まず、最初に述べる勉強の意義は、「よりよく稼ぎ、生きるため」というものです。単純明快なことですが、生きていくため、稼ぐために勉強が必要です。

 勉強の意義をこんなところに帰着させることに怒りを感じる方もいるかもしれません。しかしこれは、あくまで「楽しい」という動機を持てない場合における現実的な選択です。そこに残念ながら綺麗ごとは通用しませんちっ(怒った顔)

 一般的には、社会に出た際、もちろん学歴がよいほうが、良い企業や良い職業に就職できるでしょう。その先には、より良い給与や社会的地位を望めます。学歴の他にも、何かしらの資格がキャリアアップに繋がり、同様の結果をもたらします。
 それが全て善だとは限りませんが、多くの人は、できるならそのような希望を叶えたいはずです。
 これらは、社会のニーズによって決まるもので、原始時代に狩猟の能力が最も必要とされていたのと丁度同じように、先進的な社会においては「勉強をする」ということが「(より良い給与、地位で)生きていく」ということに直結するわけです。

 苦労の先にお金や地位という形でリターンがあるから、辛い勉強も頑張れるのですパンチ「人に勝ちたい」とか「見栄を張って威張りたい」といったような動機も、社会的な見返りが目的である点では同じ性質のものといえます。


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2012年05月07日

第71回意志13〜広義の教養・学問1〜

 竜巻被害がありました。津波と一緒で、対岸の火事だと思っていてはいけないんでしょうね台風

 
 さて、今度は、もう一つの重要な「勉強の意義」を確認しておきます眼鏡
 もし、勉強に「よりよく稼ぎ、生きていくため」という意義しか存在しないのであれば、勉強しなくても他の方法で稼げる人は全く勉強をしなくていいということになってしまいますが、それはさすがにおかしな話です。
 実際、将来の進路にかかわらず、義務教育として一定の勉強は全員がします。また、世の中には勉強に励む主婦(主夫)、必ずしも給料に直結するわけではないが勉強をしている社会人も多くいることでしょうペン

 そこには、別の勉強の意義があるのです。それが、「教養や学問を身につけるため」ということです位置情報

 単に「教養や学問を身につけるため」という字面だけを追うと、たいしたことに思えないかもしれません。しかし、実は正しい勉強のあり方を考える上では、大変重要な意味を持つのですexclamation

 教養や学識のある人は尊敬されるという月並みなメリットはあるでしょうが、それでは前回の内容と同じようなものです。これを「狭義の教養・学問」ということにしましょう。
 今回、強調したいのは、そのような教養や学問ではありません。ある知識や技術を学んだときに伴うべき「以後、それをどのように使うか」という、学習行動全般にあてはまる「エッセンス」に注目してください。

 勘のいい人は気がつくかもしれません。ここで言う「エッセンス」とは、まさに、第15回で出てきた「成功のエッセンス」のことなのですひらめき


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2012年05月13日

第72回意志14〜広義の教養・学問2〜

 また、欧州の雲行きが若干怪しくなってきましたが、はたして・・・曇り

 人間は、いつも何かしらの社会活動をして暮らしていますが、そこでは様々な課題や問題にぶち当たります。それを一つ一つ解決しながら成長していかなければ、上手く生きていくことはできません。しかし、毎度新しい問題に遭遇するたびに、行き当たりばったりの解決策を模索していたのでは、埒があきませんー(長音記号2)
 そこで役立つのが、学習してきた「エッセンス」なのですひらめき例えば、「あのときは、こうして解決できた」という体験をもとにすることで、「今回は、こうやってみればいけるかも」という策が効率よく思い浮ぶようになるわけです。

 それを、もっとも幅広く、そして万人にとって無駄ない形でトレーニングできるのが「勉強」という場なのですexclamation×2
 種々の科目を経験する中で、バリエーションに富んだ「物事の活用・応用・適用の仕方、当てはめ方、考え方」といった論理的思考を学ぶことができます。また、題意や意図を読み取る力がつきます。一見、自分の仕事や生活に無関係そうな科目の勉強だって、その先に待ち受ける社会生活のほうが遥かに広大な範囲と分野を持つのですから、意外なところで役立つ可能性が大いに存在します。
 より大きな視点で眺めると、適切な計画を立ててその通りに勉強し、実際に成績が上がるというプロセスを通じること自体によっても、あらゆる事柄に通用する「成功のエッセンス」が身につくでしょうパンチ

 
 管理人自身、仕事をしていると新たに勉強しなければいけないことや、実地的に新たにクリアしなければならない課題には常に面し続けているわけですが、かつての学生時代(とりわけ大学受験生時代)の経験をもとにすれば、自然と「こういうタチの問題は、こう勉強すればこれくらいで解決できるだろう」といったようなことが見極められている気がします。

 以上のような意味での教養・学問は「広義の教養・学問」と呼べます。これは、外から直接見えないだけで、確実に「人生の縁の下の力持ち」として効力を発揮しているものなのですグッド(上向き矢印)


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