2011年03月15日

manaveeが持つ課題

 ここまでで改めて確認しておきたいことは、manaveeはこれまでの記事で述べたような一定の価値を既に提供しており、実際にそれを享受しているユーザーがいるということである。よって、「素人の集団であるmanaveeには、教育機関としての存在価値がない」という乱暴な批判は有効ではない。

 しかし、manaveeは発展途上にあるサービスであり、そこに課題があることも事実であるので、ここからはそれについて考えてみようと思う。

 manaveeは「収益を目的としない」という特徴を持っており、これは日本人の心の琴線に触れやすい。そのため、その注目度に比して、批判の声が圧倒的に少ないということのほうが際立っているように感じられる。
 そのような状況の中でも存在する批判としては、一般的に「授業の質が低い」ということに集約される。それは、「間違ったことを教えている」ということであったり、「誤字脱字がある」ということであったりもする。また、「音響や光彩などの撮影条件が悪い」とか、「喋りが下手すぎて講師としての資質を満たさない」というのもあるだろう。
 また、「本当の意味でのハイレベルな授業がなく、これでは難関大に合格できない。これは、真の意味での『格差の是正』にならない」、むしろ「『これでやれる』と思わせてしまうことが、無意識な悪意となる」といったレビューがあげられる。

 これらは、いずれも一定の範囲内で的を得ている。

 まず、前半部分の問題については、manavee側としてはシステムの構築によって、改善運動を起こすことができる。
 間違ったことを動画で言ってしまった場合や誤字脱字があった場合は、「訂正コメント」が表示されるようにできる。ヒューマンエラーをゼロにすることはできない(有名カリスマ講師であっても授業内で間違いを犯す)が、数を減らす努力はできる。先生同士の勉強会をつくり、十分な予習を行ったうえで授業を行うことや、授業の撮影後には必ず同科目担当の教師にダブルチェックを受けてもらうようにして、なるべく早期の段階での訂正事項の発見に努めるといったことが挙げられるであろう。
 授業撮影前の時点で一定の授業計画を申請し、その審査を通過したものだけが授業の撮影とアップロードが可能になるようにすると、「最低ラインの質」に関しては担保することができる。
 また、実際のユーザーから「ここは間違っているのではないか?」というフィードバックに応える体制も不可欠であろう。
 音響や光彩などの撮影環境に関しては、撮影手順のマニュアル化と標準化によって、改善することができる。人的資源が許せば、「撮影専門スタッフ」を用意することによって、カメラワークも含めた撮影操作を画一的にする効率が増す。

 manaveeにその意志さえあれば、以上のような問題は、manaveeが成熟する頃には、いずれも必然的に解決している問題であるといえよう。そして、実際にmanaveeはその意志を持っているからユーザーは安心してよいと考えられる。


 一方、特に問題になってくるのは、後者の「純粋に授業のレベルが低い」というものである。先にも挙げた通り、これらは厳密には以下の2つの意味に分類されるので、それぞれに対する対応を考える必要がある。

@話術や黒板の使い方、体の動かし方といった「授業力」が低い
Amanaveeだけで本当に難関大に合格できるような高度な内容を扱っていない

 まず、@に関してだが、既に別記事で述べた「manaveeが提供している価値」の「ロングテール的な教師選択」が、一つの緩衝剤となりうる。manaveeに数多くのコンテンツが提供される中で、もちろん授業力に優れたものとそうでないものが序列化されるだろう。しかし、その選択は学生の自由に任されている。間違いさえ教えていないのであれば、「授業力」が低いということは必ずしも学生にとっての害悪になるわけではない。単に、その講座が選択されにくくなるというだけである。
 もちろん、学生が基本的に授業力の高いカリキュラムを選択しやすいように「一般的に高い評価を受けている授業」を可視化するための工夫は必要と考えられる。

 また、「授業力」について、既存の学習塾と比較をしてみるのも興味深い。
 「プロはお金を対価として受け取るから質が良い」という主張は一部では正しいが、一部では迷信である。なぜかというと、現にmanaveeより同等かより質の悪い授業をしているのに「プロ」としてお金という対価を受け取っている人間がいるからである。
 そして、教育という現場でいう「プロ」が結構胡散臭いものであるという事実も見逃すことはできない。例えばサラリーマンのあなたが、今やっている仕事をやめて、「家庭教師はじめました」と言ってみる。この瞬間あなたは「プロ」を自称できるのである。それに、塾の中にはふつうに大学生がアルバイトとしてやっているものが多数であり、本質的に彼らとmanaveeの教師に違いがあるわけではない。

 manavee vs有料塾の有力講師(本当の「プロ」)という構図で考えれば、「授業力」という点でmanaveeは分が悪いかもしれないが、それこそ後者のような教師の授業を世の中の全ての学習者が有料で選択できるわけではない。一方で、「お金」を受け取っているプロの中で、manaveeと同等か低質な授業を提供しているもの達を含めて総括したとき、「manaveeの授業力がプロよりも明らかに劣っている」と判断するのは短絡的である。

 ただし、manavee側としては、レベルの低い相手をみて自己満足をしても仕方がないので、もちろん、有料塾の有力講師が提供するコンテンツを目標にして質を高めていく努力を怠ってはいけない。授業の質においても、彼らの高いレベルの授業と肩を並べることができたときこそが、manaveeが真の意味で批判を受けなくなるときであろう。

 ここで、もう一つあげられるのは「時間軸」の視点である。
 manaveeは成長段階にあるWEBサービスである。現在動画数は数千個といったところであるが、当初は数百個という時代も当然あった。しかし、その時点でもmanaveeは前回の記事で挙げてきたような価値を提供していたわけである。だからこそ、大半のユーザーからは「使えないサービス」という烙印を押されずにここまで続いてきている。
 この短期間にこれだけの動画数が増えているというのは驚異的な成長スピードである。それだけ、この趣旨に賛同して協力する人がいるということであるが、この成長スピードが、授業の質についても成長をもたらすという観点を忘れてはいけない。
 

 例えば、ある科目のある特定のジャンルについて「授業を公開したい」というボランティア教師がいたとする。彼が、manaveeの既にある授業のラインアップを確認したとき、既に全く同じものを扱っている授業が存在したとする。この時点で、彼は「既にあるその授業を超える質を持つ授業を提供する」ということが至上命題となる。もちろん、完全に被った授業で質が同等以下のものをやるのも自由意志であるが、それでは生徒がつく可能性も低く、モチベーションに難がある。
 このステップアップをみると、manaveeの授業は、教師の数が増えるほど、そして時間がたつほど、授業の質は上昇していくということになる。そして、そのような自然経過的な質の上昇に加えて、ときに突然変異的な人間があらわれる。すなわち、「自分の腕に自身がある。全部自分で制覇したい」という「変態」が出現するのである。彼のような人が、一定の科目の一定のレベル向けの授業を制覇する「グランドマスター」となることによって、飛躍的に授業の質は向上していくことになるだろう。

 というわけで、manaveeの授業が「その授業力」または、Aで挙げた「ハイレベルをカバーできていない」という批判は、現時点では一定の的を得ているが、上記のような「時間経過を伴うmanaveeの授業の質の改善」を考慮に入れたとき、絶対的に通用するものではなくなってくる。


 だが、manaveeとしても必ずしも楽観的な態度でいていいわけではない。特に気をつけなければならないのは、「教育課程の改定」である。
 文部科学省が策定している「学習指導要領」は、約10年に1度改定される。英語のような科目にとってはその影響は少ないが、理科や社会などは、本場の学問の進歩にともなって内容が変更される可能性があるほか、例えばT・U・A・Bといったような区切り方に割と大きな変更が加えられる。センター試験対策などで勉強するものにとっては、試験の該当範囲が変わることになるので、これは無視することができない変化である。そして、先に述べたようにこれは10年のサイクルで訪れる。
 すると、manaveeは「質は自然と上昇していく」という性質を持ってはいるものの、この10年に間に合うサイクルで、そしてなるべく短い期間で、新しい教育課程に準拠した授業を提供することが求められる。もちろん、過去の遺産はある程度流用できるものの、受験生にとっては自分が該当している教育課程に対応したフレッシュな授業が提供されるほうがありがたいことは間違いない。

 グランドマスターの出現は、主として偶然に依存しているので、安定してこの10年のサイクルに次世代のグランドマスター出現が間に合うことは期待しにくい。manaveeとしても積極的にグランドマスターの育成に力を入れたり、インセンティブを与えたりするといった工夫をすることが考えられるが、基本的には「出現すればラッキー」という程度に構えるのが無難である。
 すると、manaveeとしては、一定の目的を持って収録したカリキュラムの集まりである「コース」を如何に充実させるか、もっと言うと、如何にはやいサイクルで充実させることができるかということが問われる。

 これは各科目という横方向のカバー率だけでなく、レベル別という縦方向のカバー率も考慮に入れなければならない。例えば、物理だったら、「物理ハイレベル」「物理スタンダードレベル」「物理ベーシックレベル」といったように、2〜3段階の階層化を行った上で、いずれに関しても教育課程を網羅するようなコースが必要である。全科目で、全てのレベルに対応できるコースを作成するとなると、それ相応のマンパワーと人材の連携が不可欠である。
 これは、口で言うのは簡単であるが、実行するのは生易しいことではない。


 以上が、管理人が(あくまで一個人として)考えるmanaveeが持つ課題とその解決に向けた展望といったところである。
 ここに挙げた問題をクリアするのには、一定の時間がかかる。大きな城を建てるのに時間がかかるというのは必然的な命題であるが、manaveeの運営者には、この時間をいかに短縮するか、そして城が建った後にはいかにそのメンテナンスを滞らせないようにするかといったことに関して手腕が問われることになると思う。

2015年11月28日

英語講座について1

 ご無沙汰しておりました。しばらく、学生の皆さんに良質な英語コンテンツをなるべく早く届けるという一大プロジェクトに集中していました💨
 とりあえず一段落しましたので、こちらの更新のほうもたまに進めていくようにします。

 2015年の時点で、あまり大々的なアピールは行っていないのですが、この度、日本の英語教育/学習におけるかなり大きな転換点となりうるコンテンツを無事に送り出すことができました。
 何回かにわけて、そのコンセプトや使い方の紹介をしたいと思います。

 講座の名称は「SOEL(Sentence-Oriented English Learning)」です👊
 私は、「王道たる勉強の筋道は1つしかなく、それに相応するgenuineな学習コンテンツが1つあればよい」というポリシーを持っています。
 ですからSOELは、受験英語はもちろん、TEOICであれTOEFLであれ、ビジネス英会話のためであれ、きちんとした英語の実力をつけたいのでありさえすれば、英語学習のスタンダードとして通用するものとして作成しました⤴

 その前提には、非帰国子女の正確な外国語習得には「文法のインプット学習」は欠かせないということが挙げられます。
 昨今の英語教育事情は、スピーキングやライティング(もちろんリスニングやリーディングも)の比重を高くしていくという、アウトプット系学習重視の潮流となっています。
 旧来の文法重視の英語教育が、グローバル時代の中にあって明らかに行き詰まりを見せていることは間違いありませんし、その流れには私自身も大賛成です。

 ただし、「本当に世界で通用する人材を育てる」という目標を設定するのであれば、片言の日常会話やBroken Englishにとどまらず、正確な英語プレゼンテーションができないといけないわけで、そのためには、非帰国子女はやはり「文法のインプット系学習」からは決して逃れることはできません👓

 「文法が不必要だから、アウトプット系にシフトする」のではなく、「両方とも適切なレベルで必要」というのが真実なのです🚩
 しかし、教育の現場においては、英語の時間枠を大幅に拡張できるわけではないので、必然的にアウトプット系の割合を増やせば、文法の割合は削らざるを得なくなります。これでは、かえって逆説的に英語の実力を地盤沈下する可能性があるのです。あっちを立てれば、こっちが立たずという、難しい問題です。

 学校教育現場で文法に避ける時間が減少していく…その中で、文法教育の救済に関して教育者自身が何も手を打たずに丸投げすることは、無責任です。ましてや、それによって別途金銭的コストが発生する学習塾などに教育の役割が移ってしまうようでは、本末転倒です。
 そこで、ユビキタス性に優れ、かつフリー(無料)で誰もがアクセス可能な、「文法はとりあえずこれで学んでおけば間違いない」という、質・量を担保した英語講座の存在意義が明確に生じてくるわけです💡


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2015年12月07日

英語講座について2

 ですから、「きちんとした系統的・網羅的な文法講義」を提供することを第一義的な目的としてSOELは作成されています👊

 これによって、教育現場には幾分かの波及効果が期待できます。

 例えば、文法習得のコンプライアンスを高く保つには、現場で従来通り英文法を教えるよりも、SOELを閲覧してきてもらって、確認試験などによりフィードバックを徹底的に行うほうが、おそらく有効性が高いでしょう💡

 教育者のレベルは組織末端に近づくにつれて、残念ながらお世辞にも「レベルが高い」とは言えない状況になっていきます。
 十分な英語資格ハイスコア(TOEIC 800〜900以上etc)を確保できていないのに英語を教えている教師は現実問題として存在しており、「わかっていない教師がわかっていない学生を教え、もっとわからなっていく」という負のスパイラルが生まれます⤵
 
 それなら、むしろSOELを文法学習のオフィシャルなサポート教材に位置付けてもらって、補完的に(場合によっては教師自身のレベル上昇に)役立ててもらうほうがよっぽど学生のためになるのです💨


 ただし、私自身が強調したいのは、どちらかといえば、英文法の良好な習得そのものではありません。
 英文法学習をSOELにアウトソーシングして教師の負担を減らすことで、教育現場でオーラルコミュニケーションへの時間がより多く確保可能となるということが最も重要な効果なのです🚩

 日本人の英語のスピーキング能力の欠如は深刻です。これは、私自身の自戒の意味を含めても全くそうです。

 いくら受験英語ができたって、資格試験のハイスコアを取れたって(資格試験のスピーキングはある程度ごまかせてしまいます)、現場での本格的なスピーキング力は、日本人は致命的に低いと言わざるを得ず、明らかにグローバル社会における国際競争力の足をひっぱっています。
 学会やビジネス会議で絶句して黙りこむ日本人は、いたたまれなくて見ていられません😞


 もう、単純に言わせてもらえれば「文法学習なんてSOELやってりゃいいから、英語の教育現場では、とにかくオーラルコミュニケーションばっかりやってくれ」という気持ちなのです💢

 日本人全員が英語ペラペラになる必要はありません。「英語ができない日本人」は、天然の経済ブロック作用があり、国内産業を厚く保護しています。
 しかし、海外で仕事をとり、対等な交渉ができるような、政治・経済を引っ張っていくリーダーの育成という観点からは、絶対にオーラルコミュニケーション中心への英語教育の転換が欠かせないと思います。
 偏差値60を超えている進学校など、エリート教育を使命としている学校ほど、この言葉を真剣に受け止めてもらいたいと思います。あなた達のところにいる学生は、放っておいても、SOELを使って文法を自主的に学べるし、リーディングも教材を適当に読ませていれば今まで通りできるようになります。だが、オーラルコミュニケーションは、無理に機会を与えてやらなければ絶対に上達しません。
 その役割を英会話スクールに任せていていいのでしょうか?英会話スクールに任せるのなら、旧来の英語教育と何が違うのでしょうか?公的な教育者の存在価値とはなんでしょうか?

 逆説的に「文法なんてSOELやってりゃいいんだから、学生どもはオーラルコミュニケーションばっかやれ」と、教育現場には言ってもらいたい、そう言えるような教育現場になってもらいたいです💣


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2015年12月12日

英語講座について3

 さて、「アウトソーシングに耐えるきちんとした文法講義」がSOELの第一義的な目的であるのですが、それなら、Forestのような文法書をなぞっていくような講義をすればよいわけです。
 それだけなら造作もないことで、本気でやれば数ヶ月で作成可能な程度のコンテンツに過ぎません👓

 ですが、ここに私が以前から抱いていた課題意識を融合させることにしました💡
 私が学生時代に何人かの学生に英語の指導をしていたとき、痛切に感じていた問題は、英語学習において「文法・構文」そして「単語・熟語」をインプットの柱として据えるという意識が極めて低いことでした⤵

 なんとなく「文法は大事」「単語もおぼえなきゃ」と皆思っているのですが、その対策が、お粗末なのです。
 つまり、学校や先輩から譲り受けた総合問題集(=どちらかと言えば、インプットではなくアウトプットに相当)を食い散らかすだけだったり、単語帳は持っているが熟語帳は持っていなかったり・・・こんなことが平然とあるのです💥

 よっぽど学校や塾でのインプット系講義が充実しているのであれば、まだギリギリ成り立つかもしれませんが、そのようなケースは非常に稀です。
 提供する講義の質も高いとはいえない上に、自習をさせる上での正しい助言もなされていないのです💦

 あげくの果てには、そんな「総合問題集」は、スピーキングなど現場に強い英語が育てることもできないのですから、学生は古典的なスタイルでの文法や語彙も十分身につかないし、話すこともできない・・・すなわちも英語に関して「何もできない」に等しい学生を大量に産出してきたのです💢

 おそらく、有名進学校など、恵まれていた環境にある学生であれば、本気で英語を勉強するにあたって、インプットの柱として「文法書・構文例文集・単語帳・熟語帳」は、形態こそ各人違えど、きちんと用意しているはずです。
 もう既に、そのスタート時点で、差がついてしまっているのです。この点はなんとか一元的な方法で解決しなければならないと思っていました👊


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2015年12月19日

英語講座について4

 「DUO」という、非常に有名かつ有用な語彙教材があります📖
 これは、単語帳と熟語帳を融合させ、そして「いろは歌」のように例文に数多くの重要語彙を入れ込むことで、効率的な語彙学習を実現している大ベストセラーです⤴
 これと似た発想になるのですが、私はかねてから、「文法書を読み込むときに、どうせたくさん例文があるのだから、そこに重要語彙がどんどん放り込まれていたらよいのに」と思っていました💡

 実はこの着想自体は、私自身が大学受験を終えたばかりの20歳頃からあったのですが、「普通に考えて作るのは面倒臭すぎるし、現実的でない」というわけで、ずっとお蔵入りになっていたのです💨

 他の問題点もありました。
 文法書は、「文法事項の説明に集中」するからこそ、例文の単語を易しくしているという側面があります。ただでさえ文法学習でヒーコラ言っているのに、そこに難しい語彙も入ってくるとなれば、教材としての難易度は必然的に上がってしまいます💦
 ですが、この問題点は、インターネット革新によって「動画講義との抱き合わせ」という手法により軽減することが可能になりました
 つまり、紙面ベースで読み進めていくのは苦行以外の何物でもない教材も、動画講義であれば理解しやすくなるのは当然であり、それに伴って難しい語彙が織り込まれた例文でも、比較的無理なく学生に受け入れてもらえるような素地が整ったわけです⤴

 あとは、単に「面倒臭すぎるし、現実的でない」というハードルを、私が個人的に乗り越えられるかどうかが問題でした(笑)
 しかし、manaveeと縁あって現在の活動をしているなかで、自分を取り巻く周囲の様々な環境も鑑みて、「今、ここでやるしかない!」という決意をするに至りました👊

 とりあえず、信頼のおける文法教材・有名構文集・単語帳・語彙帳を自宅に揃え・・・
 これを、「4 in 1」に・・・

 ・・・その後にかかった労苦は、筆舌に尽くし難いものがありましたが、まぁなんとかそれを乗り越えて、結晶化させることに成功したというわけです🚩


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