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2019年01月26日

家庭の教育予算抑制のための基本コンセプト2

 最近の国際情勢をみていると、本当に気分が優れませんね・・・。
 いわゆる「人格者」という存在って、皆さんぼんやりと認識できるわけじゃないですか。そういう人格者の思考回路というものだけをAI化して、それに政治を任せてしまいたいという気持ちになります💨


 思えば、そもそも教育の原点は、「家庭」にあったはずです。
 どうしていつの間にか日本人には「教育は他人がしてくれるもの」という要求意識が過度に浸透してしまったのでしょう

 人間社会における存在の最小単位は「個人」ですが、その次に小さい単位が「家庭」です。社会の仕組みは、近代文明の発達とともに、秩序と繁栄を保つため「社会(公)のサービス」を提供するようになりました。しかし、当然のごとく、それは個人や家庭という枠組みを完全に代替するまでには至りません。
 哲学者プラトン(ギリシャ;紀元前427年 - 紀元前347年)は、子供の教育は家庭の責任の下に行うと著しい不平等が生じるので、教育に違いが生じないように子供は家庭から取り上げて国の責任で行われることが理想だと主張しました。しかし、プラトン自身、これがあまりにも現実離れしていると、最終的に認めざるを得ませんでした👀

 生物学的なつながりに基づく「家庭」という単位は、極めで強固なものであり、社会はどこまで発展してもその根源的な枠組みから逃れることはできないのです。
 日本が、国家として教育サービスを提供し始めたのは、明治維新以後(教育勅語が象徴的です)になります。それでも、まだまだ学校へ行ける子供たちが少なかった時代は、「学校が与えてくれる教育」こそ、最高級で基準とみなされる存在でした。この時点では、学校に「行ける」ないしは「行けない」という間に明白な不平等がありました👊
 しかし、現在は義務教育が整備され、高校全入時代・大学全入時代となって、皆が学校に行くことはもはや「当たり前」のこととなり、今度は「いかに質のよい教育を受けるか」ということに主題が移っています。こうなると、再び教育の不平等には、家庭の不平等が如実に反映されるようになることは自明の理です。

 「子供によい教育を受けさせたい」と考えるとき、それはやはり詰まる所、家庭(親)の責任へと還元されます
 結局、現実問題として「教育」の主体は今も昔も「家庭」であり続けるのです🚩



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