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2016年10月08日

死生学

 癌についての考察を深めていくと、最終的には必ず、死生観の問題に行き着くことになります。

 PR→SD→PD→・・・といったようなサイクルの中で、「完治(CR)することは、まずない」とわかっていながらも、余命を伸ばすという目的で治療を受け続けるということ。
 これは、健康な人にとってみれば、本当の意味では想像もつかない事態ですし、実際その身になった人にとっても、天と地がひっくり返るほどの心理的転換を強いられるであろう出来事です。

 多くの普通の人は、つい昨日まで「自分が死ぬ」なんて夢にも思っていなかったわけで、その心理的転換に多大な、精神的・時間的なコストを払うことになります。上手にマネジメントできないまま、大混乱のまま亡くなっていく人もいます。
 「生物は、必ず死ぬ」ということは、皆当たり前の事実として知っているにもかかわらず、いざ自分や自分の家族のことになると、往々にして「まさか」となるのです。
 私は医師として、多くの臨終、ないしは終末期の面談にも立ち会っていますが、90歳以上の超高齢の患者さんの家族の場合でさえも「今回の見通しは非常に厳しいものになります」という話をしたときに、「な、な、な、なんだってー!信じられない!どういうことですか!?絶対に助からないんですか?他に方法はないんですか?」というような反応をされる方が、一定数います。
 その場合は、懇切丁寧に病状説明をし直すわけですが、「この人たちは、90歳を超えた自分の家族が‛死ぬ’という可能性を、本当に少しも考えたことがなかったのだろうか?」という疑問は生じます。

 それでも、90歳なら世の中の大半の方々は、「死」を意識するでしょう。上記のようなケースは、必ず一定数いるとは言っても、基本的には小数派です。
 ただ、じゃあ70歳だったら?50歳だったら?30歳だったら?

 老衰・病気のかかりやすさという観点では、「死」は確かに年齢と比例関係で可能性を増して迫ってくるものですが、逆に言うと、それ以外のファクターに関して言えば、「死」の可能性は、若者から高齢者まで平等に存在しています。
 自分の周囲を見回してみてください。25歳くらいを越えてくると、チラホラ同級生でも亡くなる(理由は様々ですが)方がでてきますよね。
 私は、皆、成人したら一度「死」というものについて自分の考えに向き合ってもらうことが必要ではないかと思っています。


 「死生学のすすめ(医学書院, 山本俊一)」という本があります。東大の衛生学の教授が執筆された本です。この本、そんなに面白いわけではないのですが、なかなかためになる着想が記載されています。
 これは「免疫」の考え方を、死生学に応用してはどうかというものです。

 つまり、病原体のワクチンを予防接種しておけば、身体の免疫が予行演習する形になり、いざ本当の病原体が入ってきたときに、大きく体調を乱されることなく敵を叩くことができます。
 これと同様に、「死」についても、晴天の霹靂のように死に対して向うのではなく、あらかじめ元気なうちに「死」に向き合うという予行演習をしておくことで、いざ本当に差し迫る「死」に対峙したときに、無駄なコストを払わずに平穏な精神的マネジメントが可能になるのではないか・・・ということですね。

 日本人は、歴史的にみれば、世界でもめずらしく「死」に対する許容度が高い人種だったはずだと思います。
 切腹・自決・特攻などなど、外国人からしたら理解し難い「滅びの美学」を、長い年月の間、ずっと持ち合わせていました。
 それは必ずしもいい面ばかりではありませんが(特攻などは権力者によって、死生観を悪用された例です)、日本人は、もともとせっかく持っていたこれら考えを「忘れすぎてしまった」感はあると思います。
 高齢社会にある現代日本にあって、家族や自分の死とどう向き合うのかという問題は、ますます重要度が増していきます。
 少なくとも、自然死・病死といった「普通の死に方」に関して言えば、死生学という予防接種を投与することは、成人以後、どんなに早くても早すぎることはないでしょう。

 私個人に関して言えば、実のところ、「明日、何かの拍子で死ぬかもしれない」と常々意識して生きています(ですから、周囲がいぶかるレベルのペースで世に価値を残そうとするこだわりが強いのです)。
 何かまとまりのあるプロジェクトに着手する際には、「これが一段落するまでは死ねないぞ〜」と思いながらやってるんですよ笑。
 簡単な形式ではありますが、毎年、遺書も書いています。 
 
 まぁ私は医師であって日頃から「死」に直面する機会が多いというバックグランドがあるからなのですが、そこまでいかなくても、皆さんにも是非、小林麻央さんの例を「気の毒な人」という程度に流してしまわず、自分の人生について考えるきっかけにしてもらいたいな、と思います。


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