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2016年09月24日

化学療法エトセトラ

 癌は、原発巣の手術を早い段階でできれば、かなりの治癒率が期待できるが、そうでない場合は「癌をかかえたまま、どれくらい生きられるか」の勝負になるという話まできました。
 今回は、後者のケースについて少し詳しくフォーカスを当てようと思います。

 抗癌剤は昔に比べるものすごく進歩しました。
 癌の治療で難しいのは、悪い細胞も正常な細胞も、いずれも人間のその人の細胞であることは共通しているということです。つまり、「悪い細胞だけ選択的に叩く」ということが非常に難しく、全世界の医学研究者はこぞってそこに知恵を絞っているわけです。
 その成果もあって、近年は選択性の高い抗癌剤が続々と登場してきています。

 癌の中には抗癌剤がよく効くタイプのものがあります。これに性能のよい抗癌剤がヒットすると、結構な進行癌であっても、「綺麗さっぱり癌が消えてしまった」というケースがみられることがあります。
 これは、医学的には「CR(complete response)」と呼びます。ただ、それは基本的に稀で幸運なケースです(宝くじに当たるようなものだと思うほうがいいです)。

 では、普通の抗癌剤の効き方の実態はどういったものなのでしょうか。
 それは、「PR」「SD」「PD」という言葉で表されます。
 PRは、partial responseの略です。「癌が完全になくなった」とまではいかないが、「小さくなった。退縮した」ということです。これは当然、抗癌剤としては有効と考えられます。この抗癌剤を続けていれば、うまくいけばCRにもなるかもしれません。
 SDは、stable diseaseの略です。「癌の大きさが変わらない」という意味です。これは無効という判断になるのでしょうか?違います。これは効果があると考えます。つまり、癌というのは放っておけばどんどん大きくなっていくものなので、大きさが変わらないなら、大きくなるのを防いでいる、すなわち効いていると考えるのです。
 PDは、progressive diseaseの略です。抗癌剤を使っているのに大きくなってしまっているという意味ですから、もちろん有効性がないと判断します。

 そして、化学療法のプロセスを(あえて非常に)簡単にデフォルメ化すると、
■「ある癌に対してある化学療法をスタート」→PR→SD→PD→「化学療法を変更」→PR→SD→PD・・・
というようなサイクルになります。

 つまり、抗癌剤を使うと,ある程度は癌に効いてPRとなります。そのままCRに持ち込むことを期待して続けるわけですが、それは基本的に稀で、どこかでSDになってしまうというのが現実です(PRではなくて最初からSDのこともあります)。SDならまだその薬は続けますが、いよいよPD、すなわち癌が耐性を獲得して抗癌剤が無効となったら、化学療法の薬の組み合わせ(レジメンと言います)を変えます。
 こうして、現状「効く」と言われている化学療法レジメンのパターンを順次出していきます。そのパターンが出尽くし、それでもPDとなったら・・・それが「万策尽きた(治癒を目指すという観点では)」ときであるということです。


 皆が、抗癌剤に期待するものはズバリ「CR」であるわけです。もちろん医学もそれを目指していますが、2016年現在ではそれはなかなか難しく、多くの場合、患者の理解と医者の意識にギャップがみられる部分です。
 手術ができないステージの場合、現実的にはPR,SD,PDの状態が組み合わさりながら、「癌をかかえたままどこまで生きられるか」の治療になるということが実情なのです。
 よく患者さんは、「抗癌剤でどれくらい治るんですか!?(CRを期待して)」と尋ねてくるのですが、誤解を与えないように、かつ希望を捨てさせないように正しく答えるのは、なかなかの高等技術を要します。


 さて、現実の抗癌剤は、そう簡単にCRに持ち込めるものではないという一面的な事実だけをとらえて、「抗癌剤なんて効かない!(SDで「効く」なんていうのはバカげている!)」「患者は医者のモルモットにされている!」と騒ぎ立てる、しょうもない人がいます。
 冒頭で述べた通り、抗癌剤はものすごく進歩しています。まだまだ不十分であっても、CRに持ち込める確率は昔に比べれば随分高くなりました。そして、なんと言っても、「癌をかかえたまま」の予後という点では飛躍的に状況が改善しています。
 つまり、昔なら数カ月で亡くなっていたところが1年に伸びたし、1年で死んでいたところが1年半とか2年に伸びた・・・ということです(わかりやすく言うなら)。
 そして副作用もかなり軽くなりましたし、緩和治療も進歩しましたから、その生きている時間も、「辛くて辛くてしょうがない。これならさっさと死んだ方がマシだ」というかつての癌の末期像からはかなり解放されました。


 理想的なCRを期待する患者からすると、「治らなきゃ意味ねえんだよ!」と嘆きたくなるかもしれませんが、以下の考え方をしてもらいたいと思います。
医学が理想の抗癌剤を発見するまでのプロセスの途中にある。
 昔の性能の悪い抗癌剤治療を受けた患者さん達は、本当に大変だったと思います。しかし、それらの経験やデータを踏まえて、次世代のよりよい薬剤が開発されることも確かなのです。ですから、「パーフェクトな完成品」でなければ使う価値がないというのは、少々もったいない考え方です。
 パソコンや携帯電話だって、ちょっと前までは今に比べたらめちゃくちゃ性能悪かったですよね?でも、その時代にリアルタイムで生きていた人達は、「その当時のベストのもの」ということで、大いに有効活用していたと思います。
 抗癌剤もそういうものだととらえるべきです。そして、「今、ベストのもの」なりの活躍はしてくれます。

引き分けに持ち込めればよい。
 癌は、進行癌では、依然として命を奪う恐い病気ですが、上記の通り、CRに持ち込めなくてもその予後は大幅に延長しました。人によっては、化学療法レジメンを手を変え品を変えしながら、「癌を体にかかえたまま」5年以上生きる人もいます。
 癌というのはもともと比較的高齢者に多い病気ですから、その予後延長効果によって、「十分生きた」と言えるタイミングを迎えられる可能性が大いにあります。
 例えば70歳のときに男性が癌と診断されて、化学療法諸々を駆使してうまいこと5年間生きることができ、最後に75歳で癌を死因として亡くなったとします。男性の平均寿命はだいたいそれくらいですから、この場合「不幸にも癌で早く亡くなった」というよりも「寿命を全うした」ととらえることができます。
 もちろん、小林麻央さんのように若い人の癌だと、この「引き分けに持ち込む」ことも非常に困難なので、若い人の癌は気の毒なのですが・・・

お別れの時間の確保ができる。
 人間の理想の死に方はまぎれもなく「老衰」ですが、実は癌は、案外それに次ぐNo.2の「良い死に方である」という意見もあります。
 ある程度「死ぬ時期」が予測されるということは、死を恐れる人間にとっては、あまりに残酷で辛い期間かもしれませんが、裏を返せば「死ぬ準備」ができるということでもあるのです。 
 例えば、脳卒中だったら、本人の自意識のないまま身体に障害をかかえて生きることになり、多大な介護コストが必要になるなど、別の大変さがあります。事故死なら、お別れをする時間もありません。
 癌は、死ぬとわかってから実際に死ぬまでの間に、家族と思い出作りなどのお別れをしたり、身辺整理をしたりするなど、手を打つ猶予があります。これらの点で、他の病死よりも幸せだとも考えられるのです。

 そして、その「手を打つ時間的猶予」は、数カ月でも数年でも長ければ、より多くのことができるわけなので、意義があります。
 例えば、小林麻央さんのケースだったら、今実際にやられているようにブログで癌の啓発活動や生きた印を残す作業をすることができます。家族との関係で言えば、元気がある間に旅行にいったり、その気があれば、今後の子供の成長に合わせた手紙やビデオメッセージを残したりということができます。
 この間の治療は、単なる「CRに持ち込めなかっただけの、死ぬまでの時間稼ぎ」ではなく、本人や家族にとっては貴重な時間だと言えるのです。


 そんなわけで、化学療法というものに対する正しい捉え方が、少しでもわかってもらえたなら幸いです。
 つづきはまた今度💨


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