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2016年03月14日

脇坂タレント女医逮捕とテリー伊藤の発言について思うこと。

 逮捕された脇坂とかいう女医について、時事ネタ記事を書く価値すら見いだせないと一度断じたわけですが、テリー伊藤氏がいい感じに燃料を入れてくれたので、書ける気がしてきました(笑)
 長いですよ、覚悟してください。医療ネタでもあるんですが、一応一般記事扱いで。

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 テリー伊藤「医者は努力していない」 ネット上では批判の声続々

 タレントのテリー伊藤が13日、コメンテーターを務めるTBS系『サンデー・ジャポン』(毎週日曜 前9:54)に出演し、日本の医師免許制度について痛烈に批判した。

 元タレント女医の脇坂英理子容疑者が、診療報酬を水増し請求した詐欺の容疑で逮捕されたニュースを受け、テリーは「医者は遊んでて仕事ができるのか。テレビの演出家でも料理家でも、みんな努力してる。医者って、年をとっても試験がない。だから努力をしてないと思うよ」と、医者という職業に対する持論を展開。

 スタジオゲストのタレント女医・西川史子や医学博士・奥仲哲弥氏から「努力してる人もたくさんいる」と反論されるも、「そういう人もいるけど、患者の話を聞いて薬を出すだけの人もたくさんいる。こんな楽な仕事はない。どう向上心があるか、発表してほしい」と最後まで意見を変えなかった。

 テリーの発言を受け、ネット上では「普通の医者は学会行ったり新しい研究結果を考えたりしてる」「いいお医者さんは本当に体力的にも精神的にも大変」「ひどい言い方。向上心のあるなしはどんな仕事でも個人差がある」など、批判的な書き込みがあふれた。

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 政治討論でもそうなんですが、この手の論争は、水面下で論点がずれていて、互いに水をかけあって終わっているのがオチなんです。メディアのレベルが低いのも一因だと思うのですが、「どうせやるなら、もっと本質的な議論までさかのぼってしてみろや」という話なんですよ。

 論点を整理しましょう。
 まず、「医者」という概念が広すぎるんですね。例えば、外科と精神科では、同じ「医者」として括っていいのか疑問に思えるほど、生活スタイルも、求められる技能も、ハードさも異なります。よく言われる通り、勤務医と開業医でも全然違いますし、勤務医の中でも大学勤めなのか、大規模病院勤めなのか、中小規模務めなのか、アルバイト中心なのかで全然違います。
 その中には、「理不尽だろこれはw」というレベルの不公平も、極めて容易に認められます。テリー氏が言うように、「適当に話をきいて、適当に薬を出すだけで、あとは遊んでいても暮らせる」というスタイルも確かに現実的に不可能ではないですよ。ただ、多数派の医師はそうではないのであってね。

 ですから、テリー氏が「‘医者は’努力してない」という言い方をしてしまった時点で、こういう反発が来るのは当たり前なのです。「努力していない医者がいる」という局所的な話から、飛躍して全体論に拡張してしまっているわけですから。
 一方で、反論する側も反論する側で、「こういう人もいる」「そういう人ばかりじゃない」「ほとんどの人は良心的」という程度しか言い返さないのは、やはり、局所しか論じることができていないわけです。
 こういう局所の例だけを取り出して、全体を論じようとするやり方は、政治の世界ではバカ左翼やバカ右翼がよくやっていることでして、永久に水掛け論に終始します。そりゃそうです。‘局所的には’どちらも正しいんですから。彼らはそれを本気で信じているからこそ、タチが悪いと思います。

 ところで、やりとりの中でテリー氏は「(努力をしている)そういう人もいるけど」と言っていることからわかる通り、本気で「全員の医者が努力していない」などとは考えていないはずです(もし思ってたらとしたらちょっと頭がおかしい)。
 「医者は努力してない」という過激な言い方をした可能性は2つあって、あまり深く考えずに口が滑っているか、演出家としてあえて炎上して盛り上がるように仕向けたかでしょう。どちらかというと前者な気がしますけどね・・・。

 ですから、まとめると「努力していない医者がいる」は正しいし、「そういう医者ばかりじゃない」も正しい。そして「医者は努力してない」は論理的に誤り。これでファイナルアンサーです。

 で、次に、この論争において、本当に重要な論点(テリー氏の発言を好意的に汲み取ったときの真意)は何なのかというと
医者に、継続的に向上心をもたせたり、技術や知識の維持を努力させるような仕組みがない。(だから、脇坂みたいな犯罪者が出る。なんとかしろ)
 ということです。

 この点に関していえば、はっきり言って正しいですよ。基本的に医者は、最初に医師国家試験を通ってしまえば、医師免許としては更新制度がなく生涯通用します。ですから、自己研鑚のための尻たたきにはなりません。

 ちなみに、専門医制度というものがあります。「ただの医者」じゃなくて、一定の基準を満たせば、例えば「外科専門医」といったような資格が与えられます。この資格は更新制です。学会に出席したり、症例の経験数を維持し続けなければいけません。
 今どきのほとんどの医師は専門医資格を持つことを自分の臨床能力を証明する一つのオーソライズ手段と考えていますから、「専門医資格の更新をもって医者は努力している」という反論もありうるでしょう。少なくとも、それに従っている医師が多数派であるわけですからね。

 しかしですね。
 そもそも専門医資格は国家資格ではなく本質的に学会が指定する民間資格です。別に専門医がなくたって、医者として働けるものは働けるのです。勤務医なら「ちょっとおかしい奴なのかな・・・」と雇用者に思われるかもしれませんが、実際の能力が問題なければ大して障害にはなりませんし、開業医なら自分が城の主なんですから言わずもがなです。
 それに、専門医の更新がそんなに難しいものなのかと問われれば、そこまでじゃないですよ。向上心なく平凡に医者をやっていても、普通に手続きしてれば更新できる程度のものです。

 だから、「専門医資格制度は更新制だから、医者は努力している」というのも、きちんとした反証にはなってなくて、
「医者に、継続的に向上心をもたせたり、技術や知識の維持を努力させるような仕組みがない」
 という事実自体は、正しいのです。
 正確に言えば、「それなりの制度はあるし、多くの医者はそれに従っているが、患者達が理想の医者像として要求するレベルの‘向上心’や‘努力’を強いる制度までは存在せず、その部分は医師個々人に任されている」です。
 日本の患者は、医者に「聖人」レベルの向上心や努力や自己犠牲を潜在的に要求する民族ですからね笑。


 すると、論点は次のように推移していきます。
 テリー氏のような方なら、こう言うでしょう。
専門医の更新制度を厳しくしたり(パスできなければ専門医剥奪)、医師免許の更新制度を新設すればいい

 それは確かにそうです。理念と建前としては、そうなるでしょう。私もそれができるのなら賛成ですよ。私自身は向上心を保って、努力をしている側の人間ですから、脇坂みたいな医者がバンバン消えていってくれたほうが、そりゃ気持ちいいです。

 でも、それをやって、経済原理的に誰が得するの?・・・っていう話になるんですよ。
 テリー氏はおそらくそこまでは考えて発言していないでしょう(だから浅薄に感じられる)。

 医者の査定の仕組みが甘いというのを認めたとして、じゃあ厳しい更新制度を設けたとしましょう。で、資質を満たさない医者がバンバン落ちる。私の体感では、そうしたら、毎年1〜2割くらいの医者はダメなんじゃないかというくらい、ダメ医者やレベルの低い医者は多いですよ。
 それで、毎年一定数の医者が消えたとして、曲がりなりにも彼らが診ていた患者はどうするんですか?誰がみるんでしょう。残りの医者ですよね。今の医療需要では、現場はパンパンで余力がありません。
 一人の医者が消えたら、彼が受け持っていた、延べ200人/月(外来25人/日を週2回×4週と計算)は、誰かがみないといけないのです。残った優秀な医者は、既に患者満杯でエグらされているのに、さらに仕事が増えるわけです。そして、それによって直接の激しい煽りを食らう勤務医の給料は1円たりとも増えません
 一方、患者のほうでは、医者が減少することによって、「診てもらえない」「たらい回しにされた」というケースが増えるのです。

 ここで、バカプロ市民は言うでしょう。「医者を増やせばいい」と。
 医学部は、既に日本の学生の「上から優秀な順に」入ってる形になっているんですよ。医学部に入るの難しいですよね?医者を増やすと「優秀な上のほう」が増えるんじゃなくて、「今の医者になっている層より、さらに下の層」が、医者になるようになるんです。すると、彼らは医師の資質を満たすのか?
 どうして現状で医師になれている層の下っ端を試験で落とそうという話をしているというのに、本来的にそれより頭脳的に劣る集団を医者として増やして、その試験をクリアできると言うのでしょうか?

 百歩譲って、医者を減らすことまではできないから、更新のときに、「水準を満たしてないですよ〜」という警告通知(ただし更新に支障はなし)だけは来るという仕組みだとしたらどうでしょうか?意味あります?笑
 ダメ医者っていうのは、「おまえはダメだ」という通達がされても何も感じないし、何も行動変容しないからダメ医者なんです。

 医療現場では「あの人はダメ医者」「あの医者はヤバい」と、周囲の医者や医療スタッフから思われている状況って、正直な話、かなり高頻度にあります。私の体感では「医者2〜30人に1人はヤバい」です(!・・・)
 それでも、なぜ駆逐できないかというと、「それでも頭数として、いないよりいたほうがマシだから」なんですよ。
  ですから、「専門医資格剥奪」だってほとんど有効性がありません。
 「すいません、専門医剥奪されました・・・」「そうか。でも、患者は今まで通りみてくれな。来年はまた専門医とってな」
 →これで終わるだけですよ。
 つまり、そういうレベルで、医療需給というのはひっ迫していて、現在の「公平な」医療制度の枠の範囲内でそんなことをやろうとしても、患者も含めて誰も得しないというのが真実なのです。
 そんな、綺麗ごとが通用しない不完全で汚い現実を生暖かい目でみながら、「まぁでもしょうがないよね」といって、多数派のまともな医者は自分の仕事に励むし、患者はなんとか「自分だけはよい医者にかかろう」と努力して情報を集めるのです。


 逆に、向上心や努力を維持させるための解決策として、
優秀なお医者さんが、たくさんお金をもらえるように、ダメな医者は儲からないようにすればよい
 と言う人もいるでしょう。新自由主義者あたりですかね。
 テリー氏が「テレビの演出家でも料理家でも皆努力している」と言うのは、努力と成果がお金に紐づいているから、すなわち明確な「市場原理」に支配されているからです。

 これは原理的にはいい方法ですよ。超長期的にみれば、「力不足の医者が淘汰される」という目的は達成されるでしょう。
 ですが、医者側に市場原理が導入されるということは、患者側にも導入されるということです。お金持ちは「学歴も優秀で向上心があって努力も怠らない医者」に、法外な金額を払ってかかることができ、貧乏人は「低学歴で向上心がなく、努力もしない医者」にしかかかれない傾向になるということになります。
 米国の医療制度はこんな感じですが、それでいいのかという問題が一つ。
 優秀な医者側からしたら、「少しの患者を高い単価で診察して、収入も高い(=向上心と努力が報われる)」のですから、現在より劇的に待遇が改善されるわけで、大歓迎でしょうけどね。

 もう一つの問題は、超長期的に市場原理が働けば、確かに「力不足の医者が淘汰される」といえますが、先ほども述べた通り、高齢社会にあってどんどん医療需要が伸びている(高齢者はどんどん病気になるから)日本においては、圧倒的に医者は「売り手市場」であるということです。
 短中期的にしばらくは売り手市場である以上、いくら市場原理を導入したところで、底辺の医者であっても厚遇は厚遇です。優秀な医者が「すごく報われる」ようになって、ダメ医者が「普通においしい」くらいになるだけであって、ダメ医者を市場から「排除」するまでには全く至らないのです。

 というわけで、全てのことはじめ「お金(経済)」の原理で根底から考えたとき、「圧倒的売り手市場である以上、ダメ医者を排除する方法なんてない(理念的に主張したところで、それは空理空論に終わる)」というのが結論なのです。

 ちなみに、現行体制の中では空理空論に終わるからといって、議論する意味がないということではありません。「(遠くにある)理念」をぶつけあって、社会の方向性を決めていく・・・これこそが「政治家」の仕事ですから。
「医者の数を3倍に増やして、TPPと一緒に医療にも市場原理導入!これでダメ医者も排除する!」
ないしは、
「専門医更新制度を国の指導のもと難化。専門医資格を持つ医師には、+100万/年の昇給手当。その財源は、増税or患者自己負担増により賄う!」
 これくらいまで、考察を深めて言えば多少の価値があるってもんです。浅薄な知識しかないTVのコメンテーターでは無理でしょう。
 ただ、これができている政治家がはたして何人いるか・・・水掛け論ばかりして議論を深化させられない政治家もたくさんいますよね。


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