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2017年07月31日

病理解剖の減少

目に留まったニュースがあるので、今回それについて書きます。

https://mainichi.jp/articles/20170731/k00/00m/040/113000c
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病理解剖 30年で7割減少 医師多忙、医療の質低下懸念

患者の死亡後に行う「病理解剖」の実施件数が、最近30年間に全国で7割以上も減っていることが、日本病理学会の調査で分かった。医師の多忙や病院の費用負担が理由とみられる。診断・死因の確定や治療効果の確認、新人医師の育成に欠かせないため、医療の質低下への懸念が広がっている。
**************

病理解剖に対するモチベーションって、今現在、本当に微妙なラインにあるんですよね。

ちなみに解剖には大きく分けて4つあります。
■正常解剖:もっぱら医学教育のためにする解剖。研究目的にはもうほとんどやりません(マクロ解剖において、今さら新発見などない)。
■司法解剖:自殺・他殺の疑いがある時に警察がやる解剖。
■行政解剖:司法解剖との区別がつきにくいですが、警察が「まぁ殺害の可能性はなく、病死でしょう」と判断したらこちら。
■病理解剖:担当の医師が死亡の原因や難病の研究のために行う解剖。

病理解剖は、病因で患者さんがなくなったときに、医師から家族に「病理解剖は希望されますか?」と提案します。
ただ、これがまた提案しにくいんですね、最近は・・・。
病院によっては、「患者が亡くなった場合には、必ず病理解剖を希望するか一律的に尋ねること」と規定されていたりしますが、「この方達には、正直提案しにくいなぁ」という場合も結構あります。

時代背景として、昔と違うのは主に以下の三つの点があります。
(1)医者が忙しすぎる
(2)画像診断技術がだいぶ発達した
(3)患者が高齢化した
(4)患者・家族ファーストになった

記事内でも(1)については触れられています。
そもそも患者さんが亡くなっているときは、医者が呼び出されているわけです。それは言い方を変えると、他の業務を一時停止してその場に来ていることになります。また、しばしばそれは夜間の話になります。
病理解剖は大切なことだとわかってはいるけれども、病理解剖に回ってしまうと、さらに休めない、業務を圧迫するということは明白なので、医師側に病理解剖をする強いモチベーションが生じにくいですね。

記事内では「(2)の要素があるといってもまだまだ不十分」というニュアンスですが、これはかなり大きいです。単純X線くらいしか撮れなかった時代は、臨床的な推論と本当に身体の中で起こっていることが一致しているかどうかは、病理解剖でしかすり合わせ(答え合わせ)をすることができませんでした。
医師のウデは、「臨床的な推論」の力に大きく依存していましたので(患者さんが生きている間にはそれに基づいて治療するのですから)、実際、「精度の高い臨床的推論ができる」良い臨床医を育てるためには病理解剖は不可欠だったことは間違いありません。
ただ、現在はCTやMRIなどの画像診断技術はもちろん、様々な検査技術が発達していますので、「死ぬまでに身体の中の状況が全然詰め切れていない」ということはほとんどありません。日本はCTの数が充実しているので、特にそうです。もちろん、CTは影絵をみているだけで、生身の組織を観察しているわけではないので、100%大丈夫というわけではないのですが、病理解剖の要請が減った大きな一因であることは確かです。

(3)(4)は時代の流れに伴ってそうなってきました。
例えば95歳で安らかに大往生した高齢者に、わざわざ病理解剖を提案するのかという問題です。家族だって、「死んでまで身体を切り刻まれるなんて可哀想」という考えを持っている方が多くいます。
大昔は、医者が「病理解剖します」家族「は、はい・・・」という時代もあったのでしょうが、今やそんな状況ではありません。


高齢ながら比較的若年の患者さん(あまりに若すぎても、心情的に難しい)が急変して想定外にあっという間になくなってしまったときなどは、「急変した理由や死因が不明なので、病理解剖をおすすめします」と提案しやすいのですが、それ以外のケースではなかなか難しいのが実情なのです。
「本当は病理解剖するのが理想的だけど・・・」と思いながらも、家族の乱れ方や闘病の経緯などを勘案して、提案を呑み込んでしまうということは、実のところ結構あります。

ちなみに、病理解剖は記事にある通り、費用は全て病院持ちです。そして病院によっては、「いくばくか」の謝礼が出ます。
この「いくばくか」が曲者で、気前のよい病院なら「お葬式代がまかなえてしまう」程度に支払われることがあります。それならそうと言ってくれれば「やってください」という患者さんの家族も、もう少しいるのかもしれません。
もちろん、「お金のために不適切に積極的に家族側から病理解剖を希望する」などということがあるべきではないですし、「あの病院は病理解剖の謝礼が高いor安い」といった変な口コミが生じるのも問題なので、おおっぴらにはしにくいところです。

ただし、このまま放っておけば病理解剖の件数がますます減少することは間違いありません。「人の死に関連して、金の話をするのは美しくない」という意見があるのは重々承知ですが、病理解剖に協力してくれた患者本人や家族に対する謝礼については、明文化することが必要な時代に差し掛かっているのかもしれません。
・医師が適切と考える症例について病理解剖を提案する。これを患者家族が受諾する場合、(法に定める)謝礼が支払われる。
・患者家族から病理解剖を積極的に要請する場合、謝礼は支払われない。
・・・こんな感じの骨子になるでしょうか。

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2017年07月25日

MANAVIEフェス2017(パイロット的第一回開催)のお知らせ

 皆様、平素よりMANAVIEをご愛顧いただきありがとうございます。

 さて、MANAVIEは基本的にオンライン上のプラットフォームを軸とするサービスです。一方で、この活動をより一層盛り上げていくためには、オフラインのイベントと適切な割合で融合させていくことも不可欠です💨
 例えば、有力なWeb講師の方々と教育者ユーザー様&生徒ユーザー様との交流を通じ、Web動画を用いた教育・学習のあり方を自由闊達に意見交換していくことが、未来のために大切であると考えています。

 そこでこの度、「MANAVIEフェス2017」と銘打って、オフライン交流の場を設けることにしました✨


 開催概要は以下の通りです。
日時 2017年8月9日(水) 
   12:30(開場)〜17:30(閉会)
場所 新宿フロントタワー34Fイノベーターズ内
   (東京都新宿区北新宿2−21−1)
案内状 bit.ly/2uxm8sW
参加費 無料
申込フォーム http://bit.ly/2uvudvD



 社会科目の帝王「Historia Mundi先生」、数学のパイオニア「やるき先生」、「てらtube」さんなど、有名なWeb講師の方々が来場され、セミナー受講&交流をすることができます❗
 今回のセミナー内容は主に教育者ユーザー向けとなっていますが、生徒ユーザーさんの来場も歓迎いたします。近場にいるという方は、是非雑談だけでもしにきてください✋

 本イベントは、MANAVIEリリースから日も浅く、準備期間も少なかったですので、パイロット的な開催となります(タイムスケジュールも当初予定より軽量に圧縮改変しました)。
 しかし、千里の道も一歩からです。肩肘張らずに、万障お繰り合わせの上、ご来場いただければ幸いですm(_ _)m
 ちなみに、現状では20名程度の参加希望者がおりますので、当日、ガラガラで気まずいということはないはずです^^;)笑
 また、当日のセミナーの様子はライブストリーミング配信(ツイキャスなど)もしようと考えております🎤
 
 参加人数は事前に把握しておきたいので、希望者は上記の申込フォームから手続きをお願いします🚩
 ご不明な点があれば、フォーム上の問い合わせ先(オーシャナイズ)か、私の問い合わせフォーム(特別、私に何か尋ねたいということがあれば)よりご連絡ください。

2017年07月24日

「参考書コピー型講義」論2

 ちょっと土日が多忙でしたので、めずらしく月曜日に更新します✨

 「参考書を読み上げているだけ(と批評者の脳が認識している)の講義」は、具体的に何が悪いのでしょうか?それとも何も悪くないのでしょうか?
 いくつかの切り口から論じてみます。

(1)教科書範囲外の、より発展的な内容が乏しい!?
 「もっと、生徒の興味をそそるような、教科書に載っていないような最先端の話をしてくれ」という意図で批判をしているのなら、彼本人としては殊勝な話です。
 しかし、それは、この世界を自分中心に考えすぎてやいませんか
 この世界は、個人の所有物ではないのですよ。教科書は、なぜ教科書であるかというと、「一般的にこれくらいの範囲を身につけてもらえれば、その年齢の実力としては十分でしょう」と考えられる範囲を設定しているから教科書なのです。
 人の能力や実力は正規分布をしています。その正規分布の真ん中90%にとって適切と考えらる学習範囲が、「教科書の範囲」なのです。

 もっともマニアックな話をして欲しいという希望は、偉いことは偉いのですが、それをやってしまうことで、むしろ「(理解力を超えてしまい)ついてこれなくなる」生徒が大量に発生するわけです。
 「もっと教科書外の話をして」などという要求をする生徒の数より、「そういうのいいから、もっと試験に出る大切なところだけを話してください」という要求をする「凡庸な」生徒のほうが遥かに多いんですよ。
 スタンダートな学習においては、「変化球の投げ方のマニアックなコツ」ではなく、「学問的な体幹の強さを会得すること」こそ、最も重要で本質的なことです。その場合、過剰な「教科書外」の話は必要ないという判断に自然と至ります。ましてや、「無料Web講義」となれば、優先的に求められていることは、なおさらそれであることは自明の理です。
 「もっとハイレベルな話をしろ」と思ったあなたは、あくまで少数派です。小数派が「世界のほうこそ自分に合わせるべきだ」と要求するのは、無理筋というものです。自分だけ特別扱いしてもらいたいのなら、それ相応のコストを払う必要があるでしょう。

(2)パフォーマンスが足りない!?
 「生徒を魅了するような」演技的なパフォーマンスや、「腹を抱えて笑うような雑談」をもっとしろ・・・という批評者がいるかもしれません。
 これにもいろいろな勘違いが含まれています。
 
 まず、パフォーマンスが嫌いな生徒達もたくさんいるんですよ。たまたま自分のツボにはまったからといって、全世界の視聴者にそれを強要するというのは、上記と同じ理由でおこがましい発想です。
 「パフォーマンスがない」ことは、正規分布の真ん中を対象にできますが、特定の癖のあるパフォーマンスをする場合、一部のファンはつく一方で、それを嫌がるユーザーのほうがしばしば多いわけです。
 実際、黎明期のWeb学習動画サービスにおいてユーザー行動を解析したところ、雑談などの非本質的なパフォーマンス部分は早送りで飛ばされる頻度がかなり高いということが判明しています(ですから、サプリや学びエイド含め、Webサービス畑ではおしなべて演技的パフォーマンスは省かれています)。

 そして、前回も述べた通り、パフォーマンスを重視した講義は、そもそも論として「虚飾的」です。
 高い料金でボッタくる予備校であれば、むしろ「一部の熱烈なファン」を獲得することが重要で、そこから「狭くとも深く」、ガッツリお金を取れるので高い収益性が確保できます。しかし、無料Web講義では、「そもそもゲームのルールが違う」のです。そんな狂信的ファンを小数獲得したところで、彼らは直接的にお金を落とさないのですから。

 「パフォーマンスが足りない」などという批判をする人は、おそらく「現役予備校講師」である可能性も高いと思います。彼らは「そんなんでお金を取れると思うなよ」と直感的に思うから、そう批判するのでしょうが、Web畑から言わせれば「ガラパゴス的な旧いルールと価値観に基づいて、評価される」ということ自体が、お門違いであるわけです。
 遠い将来には状況が変わるかもしれませんが、当座の無料Web講義の優先課題として、演技的パフォーマンスなど求められていないのです。
 
(3)行間を埋められていない!?
 「行間を埋める」ということは、良い講義をする上で極めて重要なことです。

 書籍教材は、紙面の都合上、行間はかなり省かれています。普通に読み進めていくと、「は?なんで?全然つながらないんだけど」と思わせる箇所が山ほど出てきます。それこそ、例えば歴史の教科書なんかは酷いものです。参考書は、教科書よりは詳細に書かれていますが、それでも限界があります。
 事実Aと事実Bを学ぶとき、しばしば教科書は「Aである。次にBである」というくらいしか記載がありません。それを「Aは、こうこうこういう理由と論理でもってBにつながる」ということを説明してあげられるのが「わかりやすい講義」であるわけです。

 言い方を変えると、行間をきちんと丁寧に埋めることができていれば、「マニアックな内容を扱わないし、パフォーマンスもないが、間違いなく‛わかりやすい’講義」になります。
 だから、ちょっと講義を聴いてみて、「わかりやすいな」と感じたら、その講義は行間を埋めている(少なくともあなたにとって満足できる程度に)講義なのだと自動的に判断できます。

 たしかにこれができていない講義は、いくら無料であっても「わかりにくい」わけなので、価値としては高いとは言えません。
 ちなみに私個人の話をすると、「わかりにくい」というレビューをいまだかつて受けたことがないので、行間は埋められているのだと思います(前回、「行間を埋め尽くしている」と表現したくらいですから)。
 ただ、一般論として「わかりにくい」と感じる講義は、そもそも見向きもされないでしょうし、何の価値も生み出せないでしょうから、ハナから論じる意味がありません。批判者達だって、そのようなコンテンツは眼中にないはずです(あなたは何と闘っているの?という話になります)。

 ただ、行間を埋められていない、真の意味で「参考書読み上げ」型講義があったとして、その価値は確かに高いとは言えないわけですが、まったく無価値なのかと言えばそうでもありません。
 それを最後にみてみましょう。これこそが、純粋な意味での「参考書読み上げ」型講義の是非を問う議論です。

(4)自力で参考書を読むのと変わらない!?
 ホントーに「参考書を読み聞かせるだけ」の講義が存在したと仮定しましょう。
 これ、実は結構効果あると思いますよ?バカにするのは早いです。

 私は、元生粋の受験戦士ですし、医学書だって死ぬほど読んできたからよくわかるのですが(いわゆるカリスマ予備校講師なんて、大概私よりまともに受験勉強したことがない人達ですからね・・・)、「文字を読んできちんと理解する」っていうことは、結構辛くて難しい作業なんですよ。

 本(文字)を読むことが楽な作業なんだったら、電車の中でスマホゲーじゃなくて読書する人がもっといてもおかしくないですよね(笑)。普通の小説より漫画のほうが圧倒的にファンが多いのも同じ理由です。根本的に「文字を読む」という作業は苦行なのです。全くもって、耳から聴いたほうが楽なんですよ。
 例えば、オーディオブックってありますね。普通の本はなかなか読むのがキツいという人でも、音声で読み上げてくれれば楽しむことができる。あれは、まさにその問題に対する解決策です。

 私は「この講義はわかりやすいし、しっかり正しいことを説明しているので、成績はもちろん上がるだろう。しかし、自力で参考書を読むのと変わらない」という評価されたことがあります(これはユーザーさんによってではないのですが)。
 上記を踏まえたら、「そんなことはない」ということがわかるはずです。
 確かに、到達先の実力レベルという結果は「変わらない」でしょう。でも、同じ到達点に至るまでのコスト(時間と労力)が圧倒的に低いのです。それは、それ単独でも、ものすごく価値のあることですよね?
 「自力で参考書を読む」のと「変わる」点として、マニアックさだのパフォーマンスだのを持ち出すから、業界全体が虚飾的となり、大義を失うのです。「声で聞かせている」時点で、とっくに「自力で読め」とは決定的に異なる価値が生じています。

 皆さんはこんな思考実験をしてみたことがあるでしょうか。

 「カリスマ講師による授業」vs「新垣結衣(例)の参考書読み聞かせ」
・・・どちらが生徒の成績を上げる効果があるでしょうか?
※新垣結衣は、男子高校生に一番響きそうな例として挙げてみましたが、なんでもいいです。あなたが一番素敵だと思う憧れの人を当てはめてみてください。

 これをガチンコで比較した研究はいままでないと思いますが(やったら、イグノーベル賞取れるかも笑)、結構いい勝負になると思いますよ。

 「参考書読み上げ」型講義を真に価値あるものとするには、「新垣結衣」のような魅力的なナレーターが必要なのかもしれないし、きちんとした網羅的なコンテンツを用意することが必要かもしれません。他にも工夫がいくつか必要だと思います。
 しかし、それは論点が別であって、いずれにせよ「参考書読み上げ」型講義それ自体には何の非もないということ、「参考書読んでるだけじゃん」という批判がいかに的外れなものであるかということがおわかりいただけると思います。

 Webを活用した新世代事業というものは、「旧業界で当然とされている前提」から外れた価値の出し方に挑戦しようとしています。批判するなら批判するで、きちんと正しい焦点を見出してもらいたいものです。


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2017年07月15日

「参考書コピー型講義」論1

 MANAVIEの知名度も徐々に増して参りました。ここいらで、数年も前からずっと気になっていたというか、一度ちゃんと述べておこうと思っていたことがありますので、今回はそれについて扱おうと思います👊
 これは、Webサービスで提供していく動画の性質を考える上でも、結構重要な視座になりますので🚩

 それは、ときおり掲示板界隈で見受けられる、
板書が、参考書の丸写し
解説が、参考書を読みあげているだけ
といった類の、学習動画に対する批評についてです。

 「カリスマ」だとか「神」だとかいったキャッチフレーズを前面に押し出すタイプの講師に対しては、それはそれでまた全く別種のアンチが沸くものです。
 一方で、無料系学習動画を出している講師に対して、中でも割と未熟な講師に対しては、上記のような批判がしばしばなされます。かくいう私自身も、数は少ないですが、同じような評価をされているのを見かけたことがあります(*_*)
 こういう「(自称)批評家」さんは、画面の向こうではドヤ顔しているのかもしれませんが、残念ながら、この批評は何重にも間違っているんですね。
 そんな浅薄なことを言っちゃう時点で、「自分はまともに勉強をしたことがない」と露呈しているようなものなんですよ💨

 まず、とりあえず私個人のことに関して言及すると、私は「わざと」そういう淡々としたスタイルを採用しています。
 私は根本的に「カリスマ」だとか「神」といった属性のプレゼンテーションは虚飾的なものであるという立場をとっていますから、自分自身が、いわゆる「バブル期の予備校的」な、演技的スタイルを採用する道理がありません。本当は、演技的なスタイルで講義をやろうと思ったら、いくらでもできます(私に会ったことのある人なら、「まぁ、彼ならできるだろうな」と思ってくれるはずです)。
 虚飾的な色味が強かった既存の予備校の手法のアンチテーゼとして、「そうではないやり方」で、本当の(genuineな)学習の価値を生み出そうと模索しているのですから、それをお見知りおきください。
 それに、普段医師をしている人間が、ネット上でコテコテに演出的な講義をやっているとしたら、それはそれでちょっと気持ち悪い話ですよ。


 また、各論的な話をすると、私の講義を「参考書の丸写し、読み上げてるだけ」と本当に思っているのなら、自分自身の認識力(視聴力と理解力)を疑ったほうがいいです。
 世の中の多くの人が、「自分の認識力は100%正しい」ということを盲目的に信じて、それに基づいた判断をするわけですが、それ、かなり間違ってますのでね。政治家でも「間違った認識」に基づいているのに、本人的には絶対に正しいと信じ込んで、一方通行の主張をする痛い人がたくさんいますよね⤵
 古代の人々が「地球は平らだし、回っているわけがない」としか認識できなかったのと同様に、彼は「講義の質」を正しく判断するに足る認識力を、そもそも欠いているわけです(そんな彼でも「ポスト真実」をバラまけるというのが、現代ネット社会の負の側面です)。

 私の講義内における記載文章は、「何言っているかよくわからない」としばしば感じさせる普通の参考書の文章より、遥かに理解しやすいように書かれているはずです(私は、相手が小学生だったとしても、なんとか理解可能であるように文章を作るように心がけていますからね)。ボーカロイドにでも読ませて、聞き比べでもしてみてください。全然違うことに気が付くはずです。
 そして、口頭の解説に関しては、「めちゃくちゃ行間が埋まっている」はずですよ。というか、高校範囲に限っては、もはや行間なぞ存在しないくらいに、解説し尽しています(笑)。
 「読み上げているだけ」と感じるとしたら、それは前述の通り脳が詳説を認識できていないか、ないしは、「あまりにも解説が自然に織り込まれているため、参考書に最初から書いてあったかのように錯覚する」ということでしょう。後者なら私としては名誉なことですがね。


 さて、ここまでは、あくまで私個人の話でしたが、話を一般化します⤴
 百歩譲って、とある(無料の)動画講義が、本当に「参考書を読み上げるだけ」のものだったとしましょう。確かにそういう講義も存在します。

「で、それの何が悪いのでしょうか?」

 勉強・学習の原理、物事の道理を大上段に振りかざして考察を進めた場合(むしろ、そうすればそうするほど)、「参考書を読み上げるだけ」の講義それ自体には、何の罪も問題もありませんよ👀
 安直な批評家は、おそらく「何がいけないのか」の正当な論拠を持ちあわせていないはずです。

 ・・・少し長くなりました。「なぜ、参考書を読み上げるだけの講義であったとしても、何の問題もないか」について、続きは次回述べたいと思います。


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2017年07月11日

ホウドウキョクの内容補足

 7月10日同日中に、フジテレビ系ホウドウキョクにも取り上げていただきました。
 こちら、いくつか内容に関して、補足が必要であると感じたので、それについて述べます。

■コメンテーターの速水さんは「無料化すると、既存の予備校講師達が食えなくなるから、そういう問題もある」と述べていました。
 さて、そもそも論として、「予備校講師」という職種自体が、極めて世界的には珍しいガラパゴス職であって、そもそもそれが教育に必要不可欠な存在なのかという問題もあるわけですが、別に私個人としてはそれには興味がありません。
 なぜなら、いずれにせよ、「無料サービスたるMANAVIE」と「既存の予備校」は食い合わないからです。

 番組内でも言われていた通り、いざ親が子供に真剣に勉強させるとなれば、(多少なりともお金のある)親なら、普通の塾に行かせると思います。その塾の形態は、これまでのように板書を使った大規模講義という形式ではなく、個別指導型(コーチングに最適化させていった)ものに変容していくでしょうが、塾というオフラインの場に行かせることには変わりありません。
 「無料は、逆にちょっと信用できない、と親が感じる」というのはその通りです。でも、逆に言えば無料なんですから、補完的に組み合わせて使ってもらえばいいわけです。英語と数学は塾に通わせる予算はあるけど、さすがに社会とか理科まではちょっと…というようなときにMANAVIEを使えばいいのです。「駿台or河合塾or地元の塾+MANAVIE」で、何も問題ありません。

 「既存の予備校」に強烈な打撃を与えるのは、「安価のWebサービス」ですよ。スタディサプリが東進に与える打撃なんて、はかり知れません(私は内情を知りませんが、自分がもし東進の経営者だったら青ざめると思います)。これらのサービスは、「既存の予備校並に信頼性を確保しつつ、激安である」という性質なわけですから、もろに食い合います。
 しかし、無料のMANAVIEは、そうした安価のWebサービスとさえ、組み合わせて使ってもらっていいわけです。「サプリor学びエイド+MANAVIE」で、何も問題ありません。

 そして、人間の一生80〜100年間という中で、「受験勉強」をする期間なんて、せいぜい2〜3年ですね?
 それ以外の何十年という期間は、わざわざお金を払って塾に行かせるほどでもないという家庭もたくさんあるでしょうし、大学生以後になったら学び直しのためにわざわざ金なんて払いません。
 そのような場合は全部、MANAVIEをご利用いただけます。

 完全無料のサービスは、「本当に困窮していてビタ一文たりとも出せない」という人達にも、最低限度のソリューションは提供できますが(少なくともセンター試験レベル8〜9割以上)、そういう人は豊かな国日本において、そんなに多くはいません。
 どちらかというと、上記の通り、「普通の教育ビジネス」という観点からは、事業性がない(金をガッツリとれないのでビジネスとして成り立たない)領域を全て補完的に穴埋めするという効能が大きいのです。
 そのような収益率が高くない事業領域は、オフラインでは絶対に不可能であったわけですが、Webであれば原価率を押さえられるので、「薄く広い」客層であっても「ロングテール」的に事業が成立し得ます。それを実現するというのが、Web事業の醍醐味でもあるわけです。

■「教育格差をなくしたい、という運営者の理念」という言い方もされていましたが、これはちょっと違います。
 私は、MANAVIEをプレゼンテーションする中で、「教育格差をなくしたい」などとは基本的に言っていません。IT mediaの記事で述べられている通り、もう日本には、厳密な意味での「教育格差」は存在しません。
 どんなに苦学生の高校生でも、1カ月に2時間アルバイトすれば(それは、しなくていい人に比べれば少しくらいは辛いことかもしれませんが)、サプリや学びエイドを自由に受講できます。それは、下手なオフラインの塾を遥かに凌駕する質の講義を誇っています。
 格差の正体は、とっくに「IT格差」に移っています。だから、MANAVIEは、「完全フリー」という、「この世の中で原理的にもっともユーザー間口を広くとれるスタイル」を採用して、IT格差を緩和することを主眼にしています。
 世の中には、googleで適切なワードを入れて、有用な動画コンテンツを効率よくピックアップできる人達ばかりではありません。情報の大海原を前にして迷子にならぬよう、「とりあえずMANAVIEに来れば、それなりの教育的情報にリーチできる」という体制を整えたいわけです。

■「講義動画がバーっとあっても、誰も見ないんだよね。そこが事業的に難しいところ」と、言われていました。
 これは全くその通りです。講義動画なんて誰も見ないですよ笑。それは、学科動画コンテンツホルダーである私自身が一番よくわかっています。
 でも、「誰も見ない」といっても「ゼロ」じゃないんです。「ゼロ」じゃなければ、それをかき集めれば、ロングテール的になんとか事業を成立させられる(それにチャレンジするのがWeb事業の醍醐味である)というのが、まず一つ。
 そしてもう一つは、私はそのことを最初からとうに認識しているので、「教科学習動画でない」魅力的なコンテンツを用意していくことを期していて、むしろそちらこそ(IT格差の緩和という観点からも)本丸だと考えているということです。課外授業動画はその一つの解決策ですが、それで終わりではありません。中長期的に、いろいろ繰り出していきます。

■「セレクトショップ」という表現は、なかなか良かったですが、ちょっと「私個人の目利きに頼っている」感じのニュアンスが強かったですね。
 確かに、現状の人材リソース的には私の目利きによるところが大きいですが、事業は継続性が大事なので、私でなくても同じ判定ができるような基準は設けています。
 あくまで個人サイトではありませんから、そこはシステマティックな体制にして参りますよ。

■あと、余談ですが、旧manaveeは「マナベー」呼ばわりされていましたね・・・。どちらも読みは「マナビー」で一緒です。スペルが違うだけです。まぁ、もう存在しないサービスなので関係ないですが・・・。


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